国際シンポジウムでの発言

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被爆後80年の8月6日の朝は、原水禁の国際シンポジウムでした。シンポジウム全体の報告は原水禁の方でしてくれると思いますので、ここでは私の発言をアップします。長くなりますので二回に分けますが、平和運動や市民運動を考える上で大切な問題提起をしている積りですので、お読み頂けると幸いです。。
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国際シンポジウムでの発言
2025年8月6日
秋葉 忠利
司会者の染様、シンポジストの皆さん、会場と世界の平和活動家の皆さん、紳士淑女の皆様。
広島原爆投下80周年にあたるこのシンポジウムに参加できることを大変光栄に思います。
まず、包括的な基調講演をしてくれたモデレーターの染さんに感謝したいと思います。私も完全に同意見です。そこでの最後の文章を私の出発点として取り上げたいと思います。「世界の市民社会の連帯に基づいて、核兵器廃絶のために具体的にどのような措置を講じるべきかを議論する」
これこそがこれからの私の仕事です。最初に、私のアイデアに名前を付けましょう。
[2045ビジョンと2035ビジョン]
私は一連の具体的なステップを「2045年ビジョン」と「2035年ビジョン」と名付けました。2045年ビジョンの目標は2045年までに核兵器をなくすことであり、2035年ビジョンの目標は2035年までに核兵器の先制不使用宣言(NFU)を実現することです。
これらを「2035/2045ビジョン(略して35/45ビジョン)」と呼びます。詳細は、冊子「核と人類は共存できない」の4ページ以下を参照してください。英語版もご要望に応じてお分けします。
まずここでは、2035年ビジョンの方に着目し、具体的な活動のヒントを提案します。想像力を刺激するヒントに過ぎず、皆さんがより効果的で創造的なアイデアをお出し頂ければ幸いです。
具体的な手順の詳細に入る前に、最近気になった、または多くの人が見逃しているように見えるいくつかの事実を指摘する必要があります。
【今、ここで音楽を奏でよう】
一つは、核兵器廃絶運動の目的は、実際に核兵器廃絶のための活動をすることだという点です。将来の世代に平和のメッセージを送ることは不可欠ですが、メッセージを送ること唯一の目的であってはなりません。私たちは行動計画を作成し、それを実際に作業に移すことを議論の中心的な部分として強調する必要があります。それについての説明をこれから始めます。
比喩を使えでば、人類の命運を描いた壮大な楽曲があったとして、その楽譜をコピーして後世に受け継いでもらうこと、後世にメッセージを託することは大事ですが、今ここで音楽を演奏すべきなのです。
【矛盾だらけの現実をチェック! 】
次に、最近感じていたこと、また参議院選挙でも実感したことをお伝えしておきます。日本の現状に対する多くの皆さんの認識は、あまりにもナイーブであるように思えます。真実を知っている人はほとんどいないと敢えて申し上げます。だからとんでもないデマや嘘に騙されやすいのです。
(1) 日本政府、特に外務省は、戦後、広島・長崎への原爆投下は合法であると一貫
して主張してきました。また、日本が核兵器を保有することは合憲であると主張し
ています。核兵器禁止に断固として反対する日本が、核兵器禁止条約(TPNW)締約国
会議にオブザーバーとしてさえ参加するとは期待できません。
(2) 原爆投下で破壊された広島市はどうでしょうか。市の平和関連活動を統括する
広島平和文化センターの理事長は、2011年から元外務省官僚が務め、日本政府の意
図を市の平和行政に忠実に反映しています。教材から「はだしのゲン」を削除し、
戦中は若者に軍国主義を植え付けるために使われ、1948年に国会で違法性が確認さ
れた教育勅語を広島市の職員研修に使用したことは、その論理的な結果なのです。
(3) 日本政府が世界の核廃絶運動をリードし、広島市が世界の都市をリードしてNFU
(核の先制不使用) の実現に努めているのであれば、核廃絶運動のために捧げられる
私たち市民のエネルギーと献身は次元が違うものになっていたでしょう。残念なが
ら、国と広島市はどちらも運動とは正反対のベクトルを持っています。私たち一人
ひとりがこの現実を真剣に見つめ、日本政府と世界を動かす活動を始めなければな
りません。以下は、この目標に向けた第一歩の提案です。
核兵器廃絶は、核保有国が関与しない限り実現しません。そのための行動を日本政府が起こさなければ、他国の政府がやらざるを得なくなります。核兵器禁止条約の成立は、日本や核保有国の反対にもかかわらず、それ以外の国の政府が世界中の市民社会とともに、このような積極的な推進を行った結果です。
1996年にICJの勧告的意見につながった「世界法廷プロジェクト」や、2017年に国連総会で採択された核兵器禁止条約(TPNW)締結に向けたICANの動きなどが、これからの運動のロールモデルなのです。
しかし今回は、NFUと核兵器廃絶がそれより大きな目標ですので、日米政府へのロビー活動も重要になります。そのためには、さらに多くのことをしなければなりません。
【被爆者ではない人が立ち上がらないと何も始まらない】
核兵器が万一三度目に使用されたとすると、それは人類絶滅の可能性を考えなければならない事態です。それを防ぐのは全人類の責任です。被爆者だけに任せるわけにはいきませんし、広島と長崎に任せるわけも行きません。私たち、被爆者以外のすべての人が協力しなければなりません。 その精神を世界に広め、核兵器をなくすために活動し始めましょう。
【世界観を共有する】
私たちが行動を起こすと決めたとき、私たちと同じように献身的な人が他にもいることが分れば大変心強い思いを持てます。共通の目的のために活動している人たちに、是非共有して欲しい考え方があります。それは、私たちが交わしている表の議論の下に埋もれがちなポイントです。そのいくつかを、以下リストしておきます。このリストを共有することで、2045年ビジョンと2035年ビジョンを心理的により深く受け入れられることになるはずです。
(1) ノーベル平和賞は、被爆者が「核のタブー」の形成に寄与し、抑止力を持って
いるのは核兵器ではなく被爆者であることを確認した。
「ヒロシマ」を執筆した20世紀のトップジャーナリストの一人であるジョン・ハー
シーは、1985年に2度目の広島を訪れた際に、被爆者の証言が核兵器の三度目の使
用を防いだと述べ、ノーベル委員会に同意しています。
(2) 全員ではないにしても、ほとんどの人間は、核兵器の使用はまったく非人道的
で不道徳であるため、いかなる使用も避けるべきだと感じています。この判断は核
の使用が何らかの意味で正しいか間違っているかという問いとは分離する必要があ
ります。アメリカ人の多くは、原爆投下が必要だったといまだに信じており、これ
らの別々の視点を混同する傾向があります。
(3) 期限が物事を現実という場に立たせます。核兵器廃絶の議論を無視したい人々
は、誤った時間枠を故意に設定して、自分たちの議論を客観的なものであるかのよ
うに飾り立てています。「核兵器廃絶は少なくとも100年は達成できない」とか
「最終目標は核兵器廃絶」などが、そのようなレトリックの例です。
[2035年ビジョン]
「Fo First Use」が登場するのには、正当な理由があります。ロシアがウクライナに侵攻したとき、プーチン大統領は核兵器を使用すると世界を脅迫しました。被爆者と私たちのほとんどは、このような残虐な行為を止めなければならないと強く感じました。早速、署名運動を開始しました。スローガンは「核兵器を使用しないと宣言せよ」でした。
しかし、そのような要求は、他の国が勝手に核を使えるのであれば、説得力がありません。したがって、スローガンはすべての核保有国に対するものにしなくてはなりませんでした。つまり、「核を使用しない」宣言です。それを中国やインドの政策の言葉を使って、「核の先制不使用」宣言をする、という命題にまとめました。
核兵器の廃絶の目標年が2045年ですから、その前段として「核の先制不使用」は、2035年までに実現するという中間目標として採用しました。
【2035年ビジョンが現実になる】
目標は、2035年までにすべての核兵器国に「核の先制使用はしない」を宣言させることです。これが実現可能な理由を 7 つ挙げてみましょう。
- プーチン大統領の核威嚇は、世界中の人々に核兵器の危険性を再確認させる結果になりました。
- 中国とインドは核兵器保有とともに先制不使用政策をとっています。これは、核の先制不使用という目標の9分の2が実現したことを意味します。
- オバマ政権時代、米国は核の先制不使用宣言を出そうとしました。当時の日本の安倍首相がそれを潰しました。しかし、米国の世論は高まることが期待できます。
4.非核地帯条約は、限られた地域ではありますが、事実上、核兵器の先制不使用がす
でに発効していることを意味します。これらの地域は、南アメリカとカリブ海諸国
が含まれます。
- 核兵器の先制不使用は核弾頭やミサイルを物理的に解体・廃棄しなくても実現できます。言葉だけで実現できるのです。核兵保有国の指導者は、単に先制不使用の意志を持つだけで、先制不使用を実現できるのです。
- ノーベル平和賞が被団協に授与されたことで、世界中で核兵器廃絶の機運が高まっています。
- 1962年のキューバ・ミサイル危機が示すように、またプーチン大統領がまだ核兵器を使っていないという事実も示しているように、核保有国の指導者は短絡的に野蛮な行為に飛び込むことはしないと思われます。これは、私が前の段落で述べた世界観を共有しているからでもあると思います。世界の指導者の心の中では、核抑止論と先制不使用の間にある境界線はほんの紙一重だということを意味します。すべての核保有国の指導者を一緒に説得することで、この紙一重は消えるでしょう。核抑止論は、事実上、偽装した核の先制不使用の原則なのです。
この項はまだ続きますが、長くなりますので、ここで一旦区切ります。
皆様にとって、きょう一日が素晴らしい24時間になりますよう!
[2025/8/7 人間イライザ]
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