ヒロシマの心を世界に [春宵十話]

核のない平和な未来を創るために

2016-04-01から1ヶ月間の記事一覧

LINE句会

LINE俳句会 ゴールデンウイークが始まり、多くの皆さんが日常的な生活から離れて命の洗濯をしたり非日常の世界に浸ったりしているようです。私たちもそれに倣って、これまでとは少し趣向を変えてみたいと思います。趣味の世界です。と言っても始めたばかりな…

違和感のある日本語 その2

違和感のある日本語 その2 日本語も日々変っていますので、何が正しい言い方なのかも変ります。そうした自然な変化も受け入れなくてはならないのは百も承知です。同時に、美しい日本語を残して行きたい、若い人たちにもその美しさを分って貰いたい、それだけ…

森瀧市郎先生と座り込み

森瀧市郎先生と座り込み 今日4月28日は、私の最も尊敬する故森瀧市郎先生の115回目の誕生日である。 広島県原水禁は、1986年に旧ソ連・チェルノヴィリで原発事故が発生して以来30年間、4月26日をチェルノブイリディ―として様々な行動を行ってき…

4月26日を思う

昨4月26日は、チェルノブイリの原発事故から30周年でした。世界的に様々なイベントがありました。広島でも座り込みや講演会等の行事があったのですが、それについては明日の報告をお読み頂ければと思いますが、同時に風化の危機に曝されていることも事実です…

世界は平和になっている

世界は平和になっている 若い頃、デートの待ち合わせ場所は本屋でした。喫茶店だと時間が気になりますし、タバコを吸う人の方が多かったので、そんな中で長い時間を過ごすのは苦痛でした。忠犬ハチ公前というような選択肢もありましたが、雨が降ると困ります…

予科練平和記念館 (2)

予科練平和記念館 (2) 予科練平和記念館 一昨日の4月23日、予科練平和記念館で開かれた「平和のおはなし会」は、今回で4回目だそうですが、予科練平和記念館も主催者として名を連ねています。「予科練平和記念館」という名称中の「平和」が単にレトリックで…

被爆者はどこにいても被爆者

被爆者はどこにいても被爆者 郭貴勲・回想録 思いもかけない本を贈呈していただいた。「お世話になった金子さんには必ず渡してください」の伝言を添えて。 郭貴勲・回想録 韓国人被爆者・郭貴勲さん(現在91歳)が、2013年に著された「私は、韓国人被爆…

予科練平和記念館

予科練平和記念館 オバマ大統領の来広についてまだ続きがあるのですが、もう少し時間を掛けて整理をしたいと思いますので、今日は日記的な報告です。 実は今日、4月23日に、予科練平和記念館で講演します。茨城県の土浦の近くにある阿見町にある施設ですが…

現地でしか見られない説明文

4月19日の熊本支援街頭募金では、短時間でしたが、善意の合計は12,244円でした。早速中国新聞社会事業団を通じて、被災地のお役に立てていただく手続きを取りました。中学生から高齢者まで多くの皆さん、御協力有難う御座いました。 現地でしか見られない説…

大統領の謝罪 No. 2 (「和解」の力 その4)

大統領の謝罪 No. 2 (「和解」の力 その4) オバマ大統領が広島を訪問することに決めた、という前提で論を進めます。 市長「是非、広島に来て下さい」 大統領「行きたいです」 御本人が直接「謝罪のために広島に来たのではない」とは言わないと思いますが、ス…

大統領の謝罪 No. 1 (「和解」の力 その3)

大統領の謝罪 (「和解」の力 その3) どこの国の誰であっても、個人として広島を訪れるべきだ――これは「「和解」の力」で説明した通りです。それに追加したいのですが、その結論は、原爆投下についてそれなりの理解ある人たちだという前提を設けるべきでした…

青森県六ケ所村を訪ねて

熊本地震で被災された皆様にお見舞申し上げます。今日は小規模ではありますが、街頭で支援のためのカンパを募る予定です。御協力宜しくお願いします。 また、今日は嬉しいニュースがあります。新しいライターの登場です。北広島町の町会議員梅尾泰文さんの「…

散歩の道すがら

散歩の道すがら 広島赤十字・原爆病院メモリアルパークを訪れた わが家(広島市役所のすぐそば)では、年金生活者となった夫婦二人の健康のため毎日のように1万歩を目標に散歩を楽しんでいる。散歩のコースは、ほとんどが買い物を兼ねて紙屋町や八丁堀方面…

「線香の一本でも」に込められた思い

熊本地震での想像を絶する甚大な被害に私たちは皆、言葉を失っています。亡くなられた方々、怪我をされた方々、家が倒壊する被害に遭われた方々、その他筆舌に尽くせない被害に遭われた方々に心からお悔やみ、そしてお見舞いを申し上げます。さらに、被災者…

「和解」の力(続)--広島訪問は人生を変える

「和解」の力 (続)――広島訪問は人生を変える ケリー長官の来広が契機になって、オバマ大統領の広島訪問が現実味を帯びてきました。訪問に反対する声はほとんど聞かれませんが、日米両国とも70年以上棚上げしてきた課題です。両国とも、特にアメリカには「原…

「和解」の力

「和解」の力 ケリー長官の来広を取り上げた4月12日の私のコメントにちょっと不正確な点がありました。12日のコメントでは、「「和解」こそヒロシマのメッセージだと思います。それを理解し、広島で確認してくれたことだけでもケリー長官の広島訪問の意味が…

夢と目標の違い (続)

夢と目標の違い (続) オバマ大統領がプラハ演説で設定した時間枠を誰よりも良く理解したのは、潘基文国連事務総長かもしれません。それは、翌2010年の8月、平和記念式典に参列してくれた後、元気の出るスピーチを何カ所かでしてくれた事務総長が、締めくくり…

夢と目標の違い

夢と目標の違い 夢と目標の違いはどこにあるのか考えて見ましょう。 例えば、誰かが「お金持ちになりたい」と言ったら、これは「夢」を語っている言葉です。「毎月、1万円ずつ貯金して4年間で50万円貯めたい」は「目標」でしょう。(月1万円だけしか貯めない…

ケリー国務長官の来広

ケリー国務長官の来広 昨日今日(4月10日、11日)と広島で開かれていたG7外相会合が終わりました。マスコミの評価は概ね良好で、特に今日のテレビでは会合全体を高く評価しています。 改めて、G7とは、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、イタリア、カナダ…

G7外相会合 市民シンポジウム

G7外相会合 市民シンポジウム G7外相会議が開催された今日(4月10日)午後2時半から広島市まちづくり市民交流プラザで、核兵器廃絶日本NGO連絡会と核兵器廃絶をめざすヒロシマの会(HANWA)共催の「G7外相会合にアピールしよう!核兵器禁止条約に向け…

岸田大臣から電話を頂きました

岸田大臣から電話を頂きました 今月5日の火曜日に、G7外相会議の最終文書についての要請書を、広島市内の岸田事務所で下岸征史秘書、県庁では高垣広徳副知事、そして市役所で松井一實市長に手渡してきました。岸田事務所では、携帯の番号を伝えた上で、「忙…

違和感のある日本語

違和感のある日本語 「hibakusha」が英語の語彙に入ったのは嬉しいのですが、中にはこのような単語が認知されることを苦々しく思っている人たちもいるでしょう。すぐ頭に浮かぶのは在郷軍人会ですが、刺々しくなりますので今回は見送りましょう。その代わり…

「被爆者」を英語で何と呼びますか?

「被爆者」を英語で何と呼びますか? 良く使われるのは「A-bomb survivor」、つまり、原爆で生き残った人という訳です。「A-bomb victim」も使われます。こちらは、原爆の被害者あるいは犠牲者という意味ですので、それぞれ「被爆者」についての重要なしかし…

同じお題でブログを書こう 「実は私------」

同じお題でブログを書こう 「実は私------」 実は私、コンピュータです。名前はイライザ。正確には、50年ほど前に、当時のMIT教授ジョセフ・ワイゼンバウム氏によって開発されたAI (人工知能)のプログラムです。 私と会話をした多くの人たち(皆さん、本物の…

G7外相会合を成功させるために

G7外相会合を成功させるために 岸田外務大臣・湯崎知事・松井市長に要請してきました。 今週の日曜日、10日と月曜の11日に広島でG7外相会合が開かれます。G7とは、日本、アメリカ、イギリス、イタリア、カナダ、ドイツ、フランスです。2008年にはG8の下院議…

原爆資料 館を訪ねて その2

原爆資料館を訪ねて (その2) 原爆資料館を見学しながら思い出したのが、昨年4月に訪れたアメリカ・ニューメキシコ州の最大の都市アルバカーキにある国立核博物館(National Museum of Nuclear Science & History)を見学した時のことです。 アメリカを訪…

『空が、赤く、焼けて』

『空が、赤く、焼けて』 ――「今年は一冊しか本を読んではいけない」と言われたら―― この本を読んで下さい 被爆70周年の昨年、原爆についてまた戦争と平和について書かれた素晴らしい本がたくさん出版されました。その中でも、長く絶版になっていた名著の復刻…

資料館を訪れて

資料館を訪れて 雨がようやく小降りとなった先日(4月1日)の午後、東京から訪ねてきた甥とその子どもたち2人と一緒に、半年ぶりに原爆資料館を訪れた。 大人二人の入場料を支払おうといつものように100円を準備しそうになったが、ちょっと慌てて千円…

「ヒロシマの心」とは「愛」に他なりません

「ヒロシマの心」とは「愛」に他なりません 話が前後しますが、今日は、このブログを立ち上げた背景を簡単に説明しておきたいと思います。 皆さんは「ヒロシマの心」あるいは「ヒロシマの心を世界に」という言葉は御存知だと思います。そして、「ヒロシマの…

原点は5円玉

原点は5円玉 私が同時通訳として平和運動に関わるようになったのは、遠い昔の1961年です。大学の掲示板で見たアルバイト募集の張り紙を見て友達と、夏の原水爆禁止世界大会で働くことになりました。 著名な先輩たちから厳しい訓練を受けて、東京で開かれたい…