ヒロシマの心を世界に [春宵十話]

核のない平和な未来を創るために

世界の女性リーダーたちの言葉 ――高市首相は孤立しています――

世界の女性リーダーたちの言葉

――高市首相総理は孤立しています――

一番最近に発言したのはメキシコのシェインバウム大統領です

Eneas, CC BY 4.0 <https://creativecommons.org/licenses/by/4.0>, via Wikimedia Commons

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国連総会で演説をし、トランプ大統領と日米会談をするために、高市首相がアメリカに向かったそうです。今回はどんな話をトランプ大統領とするのか、日本の総理大臣に相応しい発言をして貰いたいと思っています。虚しい願いかもしれませんが――。

それは世界の女性リーダーたちの発言に比べて、高市首相の発言だけが孤立しているように見えるからです。順を追って見ていきましょう。

高市早苗首相は、2026年3月19日に、日米首脳会談(ホワイトハウス)および関連記者会見・国会答弁で、次のように述べたことは皆さん御存じの通りです。

「世界に平和と繁栄をもたらすことができるのはドナルドだけだ。きょう私はそれを伝えにきた」

そして、このメッセージは他のリーダーたちが同じような趣旨の発言をしていて、それに倣った、という訳ではありません。

 

(A)  例えば、バルバドスのミア・モトリー首相は2021年11月1日のCOP26の開会式で次のように述べています。トランプ大統領の化石燃料推進政策やパリ協定脱退、といった方針に対しての反論です。

「自国優先の外交は、海面上昇に脅かされる小島嶼国にとって死刑宣告に等しい。気候変動は政治的意見の違いではなく、人類の存続に関わる問題だ」

 「大国が歴史的責任を無視して対立を煽る間も、世界中の最も脆弱な人々がその代償を払わされている」

 

(B)  デンマークのメッテ・フレデリクセン 首相は2025年2月3日 (および 2026年7月8日 の再表明)に、コペンハーゲンでの政府公式記者会見で、トランプ大統領のグリーランド買収発言に対して、明確にこれを否定しています。

「グリーンランドは売り物ではありません。グリーンランドはデンマークのものではなく、グリーンランドの人々のものです」

 

(C)  ウルズラ・フォン・デア・ライエン 欧州委員会委員長(EU)は、2025年12月11日、ブリュッセルで開催された「POLITICO 28」ガラ・イベントでの単独インタビューに答えて次のような発言をしています。

「欧州の民主主義に干渉しないでいただきたい。我々には自分たちの意思決定と法制度を守る権利と責任がある」

「国際的なルールに基づく秩序が大きな亀裂に直面している今だからこそ、価値観を共有する民主主義国同士の結びつきを深めなければならない」

さて、このような発言があった後、3月に高市首相のトランプ礼賛の言葉があるわけですが、それ以後にも世界の女性リーダーたちは高市発言とは正反対の方向を向いた発言をしています。

 

(D)  イタリアのジョルジャ・メローニ首相は、2026年6月19日、公式SNS(X・旧Twitter / Instagram)に投稿した反論ビデオ声明で、次のように述べています。

「米国大統領がなぜ同盟国に対してこのような振る舞いをするのか、理解に苦しみます。西側に敵対している国の指導者に対して見せる甘い態度や宥和姿勢を、長年の同盟国に対しても示してはいかがでしょうか」

「一つ覚えておいていただきたいのは、私やイタリアという国は、決して誰かに乞う(媚びる)ようなことはしないということです」 (トランプ氏が「メローニ氏が自分に写真を乞うてきた」等と誇張発言したことに対する反論)

 

(E)  そして、つい最近では、カトリーナ・コノリー 大統領(アイルランド)日時が、2026年9月12日、ダブリンの大統領公邸(Áras an Uachtaráin)における米・アイルランド首脳会談後の公式声明で、はっきり態度を示しています。

「戦争やジェノサイド(集団殺害)の正当化・日常化を、アイルランド国民が受け入れることは決してありません」

「アイルランドは常に平和、軍事的中立、国際法、そして人権の側に立ち、パレスチナの人々の破壊や民族浄化に反対しなければなりません」

 

(F)  直近の例では、2026年9月17日、トランプ大統領の 「メキシコは外部から管理・介入される必要がある」といった趣旨の圧力をかけたことを受け、メキシコのシェインバウム大統領が定例記者会見で反論した際の言葉です。

「メキシコが外部から裁かれたり、指図を受けたりする必要はありません。我が国の問題は、国民自身と我が国の法制度によって解決されるべきものです」

(また、米国内の深刻なフェンタニルなど違法薬物の需要消費問題に言及し、「(メキシコを責める前に)まず自国での需要とアメリカからメキシコへの武器流出を止めるべきだ」と指摘)

 

さて、最初の言葉に戻りますが、今回の日米首脳会談で高市首相は、トランプ大統領に対してどんな言葉を投げ掛けるのでしょうか。日本という国の誇りを取り戻し、アメリカの気まぐれかつ原理原則も何もない、子どもにさえ笑われてしまう自己中心的な暴言に対して、人類がこれまで歴史の中で維持してきた大切な原理原則、つまり民主主義や、ディーセンシーといったものを復活する上での発言ができるでしょうか。

 

[女性リーダーたちの発言について、私の記憶も怪しくなっていますので、Geminiの助けを借りました。それぞれの発言について、どのような機会に行われたのかも示してありますので、各発言についての信憑性はマスコミ報道によって確かめることが可能です]

 

皆様にとって、今日一日が良き日になりますよう。

[2026/09/22   人間イライザ]

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我が家の風物語 ――強風の日も多いのですが、爽やかな風の日は言葉にはできません――

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――強風の日も多いのですが、爽やかな風の日は言葉にはできません――

サマーズ家の玄関、そして「A Summer Place」を思い出します

(私が買ったのは、Billy Vaughn版です)

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昨年の7月にも、このブログで「風について」の思い出を書きましたが、今日の我が家の風からはその時を思い出す、そしてその思い出に連なっているいくつもの風の記憶が蘇ってきました。

《シカゴの風》

忘れられないのが、1959年9月7日の朝です。アメリカに留学して、初めて学校に行く日の朝でした。スクールバスがちょうど来る時間です。私のアメリカン・ファミリーだったサマーズ家の玄関は通りよりも高いところにあります。階段を何段も降りるのですが、その日、玄関を開けてバスの来る通りを見たときでした。

季節的にはまだ夏と言っても良かったのですが、半袖の腕にちょっと冷たい風が吹いてきました。外国での初めての登校日という不安が混じっていても、これから一年への大きな期待が混じった爽やかな風でした。

その一年が終わり、シカゴ近くに留学していた各国の留学生30人くらいが一つのバスに乗って、ワシントンへ向けてのバス旅行をしているときでした。昼間数時間バスで走って、夕方には私たちを歓迎してくれた上に一泊泊めてくれるボランティアの皆さんの町に泊まる、という日程でした。

A Summer Place

その旅の途中、シカゴから東へ向かって、ようやく南東の方向に向かう途中のある日、ニューヨーク州のジェームスタウンという町に泊まりました。どの町でも一晩泊めてくれるホストファミリーには、同じくらいの年の子どもがいるのですが、私のホストファミリーには、やはり高校生の男の子がいました。

とても気が合って、着いた日の夜もパーティーでも話をし、その次の朝には二三人でプールで遊びました。体を拭いて家の中に入るときの風が、とても爽やかだったのが印象的です。

でも、それを覚えているのは、恐らくそのあと初めて聞いたパーシー・フェイスの「Theme from “A Summer Place”」のせいだったかもしれません。聴いたとたんに鳥肌が立ったのですが、無理もありません。1960年、ビルボードのチャートで9週間連続1位を占めた曲だったのです。

元々は1959年の映画『避暑地の出来事』のテーマ曲で、曲名は「Theme from “A Summer Place”」、ジェームスタウンで迎えた夏の朝に相応しい曲でした。

そして、その朝の風の記憶と、前年9月のサマーズ家の風の記憶が、私の中では重なったのです。

《我が家の風》

それから55年経って、同じ風の記憶が蘇りました。2014年9月7日、引っ越したばかりの我が家のキッチンの窓を開けると、爽やかな風が吹き込んできました。偶然の一致に驚きながら、その頃、試みていた俳句にならないか頑張りましたが、爽やかさを5・7・5にまとめる力はありませんでした。

そしてまた今日、同じキッチンの窓を開けると、12年前と同じ風が吹き込んできました。今回は嵐の前の静けさかもしれません。

でも良く考えると、ウォーキングの最中にも、そして書斎の中にも、この爽やかな風は何度も吹き込んできてくれています。

私がここに引っ越してきたのは、もちろんそんなことを知っていたからではありませんが、期待に満ちそして希望に溢れていた1959年の9月7日を毎日のように感じられる場所に住むことになった、というのも何かの因縁かもしれません。

 

皆様にとって、今日一日が良き日になりますよう。

[2026/09/21   人間イライザ]

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我が家の虎屋物語 ――敬老の日のお祝いとして、虎屋の和菓子セットが届きました――

我が家の虎屋物語

――敬老の日のお祝いとして、虎屋の和菓子セットが届きました――

羊羹と最中の詰め合わせです

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敬老の日のお祝いとして、息子たちから「虎屋の和菓子詰め合わせ」が贈られてきました。虎屋の羊羹や最中は私の大好物ですし、低血糖をコントロールするのにも最適な薬です。その上、外装もきれいでしたので、家中で揃ってプレゼントを開けました。

包装紙から現れた箱まで品があって、中身の和菓子と共に敬老の日に賑わいを添えてくれました。

そう言えば、虎屋と我が家には切れない縁があります。私の人生のいくつかの場面で、忘れられない役割を果たしてくれるだけでなく、華を添えてくれる存在でした。

かなり昔のことになりますが、プロポーズのときと言えば良いのでしょうか、妻の実家に挨拶に行ったときの手土産は、虎屋の羊羹でした。

そして、息子が大学生になってからのバイト先は虎屋の渋谷店でした。なぜかそれがとても嬉しくて、上京したときにはわざわざ虎屋まで彼の働く姿を見に行きました。

バイト中に息子がいちばんたくさんのお客さんから聞かれたのは、「「夜の梅」という羊羹には本当に梅が入っているのか」、ということだったそうです。答えは、「入っていません」。ということで、私の疑問にも答えてくれました。

ちなみに、夜の梅の由来をグーグル先生に聞いてみました。

夜の梅(よるのうめ)は、切り口に見える小豆の粒を夜の闇に咲く梅の花に見立てた、和菓子店・とらやを代表する小倉羊羹です。

名前の由来・情景の表現:羊羹を切り分けたとき断面に顔を出す小豆の粒を、夜の暗闇にほのかに白く咲く梅に見立てています。

和歌からの着想:古今集の歌「春の夜の闇はあやなし 梅の花 色こそ見えね 香やは隠るる」にちなんで名づけられました。

そして、今年2月のミラノ・コルチナ・オリンピックにも、虎屋の羊羹を持っていきました。低血糖対策ですが、開会式の直前、オリンピック旗の旗手として競技場に足を踏み出す直前に、役立ちました。

そして今、拙訳の『コンピュータ・パワー』の再刊に向けた準備と、『数学書として憲法を読む――前広島市長の憲法・天皇論――』の改訂版を執筆するために、書斎の机に張り付くことが多い毎日なのですが、午前と午後の休憩時間に、虎屋の羊羹と最中を楽しんで仕事を続けたいと思っています。

 

皆様にとって、今日一日が良き日になりますよう。

[2026/09/20   人間イライザ]

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