#徳目 を教えるのに、なぜ #明治時代 の #遺物 だけに限定するのか
――#平安時代 も #日本の歴史 の一部――
3ジジ放談 56分17秒から見て下さい
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昨日は、広島市の新任職員研修で、松井市長が積極的に教育勅語を引用していることの問題点を取り上げました。ポイントは、教育勅語の正当化に対する反論をする際に、視野を広げて例えば軍人勅諭も一緒に考えると、自ずから見えて答がある、ということでした。
今回は別の方向に視野を広げてみました。安倍内閣でも教育勅語の推進策が取られて物議を醸したことです。出典もはっきり示してのまとめを志葉玲さんが「YAHOO!JAPANニュース」の2018年10月5日号に載せていますので、詳しくはそちらを御覧下さい。
二つだけ取り上げておくと、2017年当時の稲田朋美防衛大臣は、「私は、その教育勅語の精神であるところの、日本が道義国家を目指すべきである、そして親孝行ですとか友達を大切にするとか、そういう核の部分ですね、そこは今も大切なものとして維持をしているところでございます」と述べています。
2018年には当時の柴山昌彦文部科学大臣が「アレンジした形で、今の道徳などに使える分野があり、普遍性を持っている部分がある」という評価をしています。
松井市長発言も含めて、発言している個人個人の批判も大事なのですが、これだけ多くの人が一貫して同じことを主張していますので、その根本を確定した上で対策を講じないと根絶やしにできそうもありません。
これらの主張の特徴は、人類的・世界的に認められている普遍的価値を広めるためには、教育勅語でも何でも役立つものは使って良い、という風に解釈できます。
となると、選択肢がかなり広がって、昨日の軍人勅諭もその中に入ります。それだけではなく、歴史的に視野を広げて考えると感心するほどの卓見が現れる事例を、前川喜平元文科省事務次官が紹介しています。冒頭の動画です。
平野貞夫元参議院議員・佐高信・前川喜平の「3ジジ放談」というYouTubeの番組の56分17秒からを御覧下さい。
ここで前川さんが紹介しているのは、故伊吹文明元衆議院議長の言葉です。趣旨としては、日本の良いこと、人類として未来に伝えて行くべき素晴らしい価値を若い人たちに教える上で、教材として使うものを何故、明治時代の一時期という狭い時代に作られたものだけに限定するのか、という問題提起です。
近江商人の持っていた「三方よし」などが一例ですが、普遍的価値観を教えるに当っての教材となると時代を超え国や地域を超えた選択肢があるではありませんか。となると、それだけの広い範囲でなぜ、ある特定のものを選んだのかという理由が説得力を持たないと、説明したことにはならないのです。
この点で、これまで教育勅語を復活させようとしてきた人たちの言い分が全く説得力を持たない、ということも十分お分り頂けたはずです。
2024年のこれからも心配ですが、健康に留意しつつ、少しでも良い年にすべく頑張りましょう。
[2024/1/14 人間イライザ]
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