ヒロシマの心を世界に [春宵十話]

核のない平和な未来を創るために

同じお題で書きましょう--「仕送り」

同じお題で書きましょう――「仕送り」

 

初めてアメリカに行った頃は一ドル360円で、毎月10ドルと決められていた小遣いを「仕送り」して貰うのも大変な時代でした。

 

その後、アメリカで就職したのですが、少しはお金が貯まったら両親に送ろうと考えながら、1ドル360円だからと、捕らぬ狸の皮算用をしていました。ところが、1971年の暮、「ニクソン・ショック」と呼ばれた措置によって為替レートは一気に1ドル308円になりました。

 

このまま、円高傾向が続くと、同じ額のドルでも日本にいる両親には、もっと少ない金額しか届きません。とにかく、今送金しなくてはと、慌てて「仕送り」の手続きを取りました。

 

1003_3

100ドルが約3万円に

 

その後も、プラザ合意とか様々な出来事を経て、円高が続いています。しばらくは、円安で安定していましたが、最近はその動きが少し変って、「円高」とも言われます。しかし、外国為替の動きに翻弄されながらも、ドルを円に換えて、かつての私のように日本に「仕送り」をしている若者もいるのだろうと思います。彼らと私の昔を重ね合わせながら、「仕送り」のときだけは、少しでも「円安」になることを祈っています。

 

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コメント

普通に考えて、アメリカから日本に仕送りするより、日本からアメリカなどに仕送りする人の方がずっと多いと思うのですが…

「通りすがり」様

コメント有難う御座いました。

確かに、日本からアメリカの方が多いかも知れません。でも、アメリカあるいは外国からの仕送りをしている人も結構いると思います。私自身、今でも忘れられないのが、ニクソン・ショックですし、その後の為替相場です。

お題への参加ありがとうございます。

1回海外出張に行った程度ですので為替とかドルに
ピンと来ないのですが、大学時代の沖縄出身の同級
生が「子供の頃1ドルあれば、映画を観て外食も出来
た」と言っていたのを思い出しました。

「⑦パパ」様

コメント有難う御座いました。そうですね、ドルの価値が大きかった時代ですね。

1960年代のアメリカでは、スクール・バスが、25セントでした。バスに乗らずに歩いて貯金したお金でレコードを買いました。