真珠湾攻撃からの教訓

加藤友三郎なら戦争は始めなかった
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阿部知子衆議院議員の出版記念パーティーで講演をして下さったのは、歴史家の保阪正康さんです。タイトルは「戦後80年、日本人はどこで何を間違えたのか」でした。
その中でとても印象に残った指摘は、保坂さんがこの2つは強調したいと言われたことの1つです。それは出版記念会の当日が12月8日だったこともあり、真珠湾攻撃の決定がどのようになされたのかという点でした。
その決定は大本営政府連絡会議という合議体で決定されたのだそうですが、その実質は東条総理大臣をはじめ、軍人だけの意思決定だったのが致命的だったと保阪さんは指摘していました。
一国の運命を決める決定権が軍人にあるということは、アブラハムマズローの言葉を借りれば、「もしあなたが金槌ならば、世界は釘に見える」ことに他なりません。事実その通りのことが起きました。
そこでどうしても比較してしまうのは、その20年近く前に総理大臣だった加藤友三郎です。広島市出身の初の総理大臣です。中でも記憶しておくべき彼の言葉は、1921年のワシントン軍縮会議に全権代表として出席したときのものです。一言で言うと、「国防は軍人の占有物にあらず」です。
工藤美千尋著の『海軍大将加藤友三郎と軍縮時代』によると、この軍縮会議の冒頭に加藤が部下の堀悌吉に口述して、井出謙治海軍次官宛に送った伝言が友三郎の考え方を明確に示しています。
それは3点からなっています。工藤の要約によると、
- 日本海軍の目指している八八艦隊は、わが国の財政規模から見て、到底不可能であること。
- 八八艦隊を中止することは、明治40年制定の「帝国国防方針」における日本海軍の「仮想帝国=米国=八八艦隊」という思考概念を転換することであり、このことは日米敵対路線から日米友好協調路線への転換を意味していること。
- 国防とは単に軍事力のみを指す概念ではなく、広く国家財政、産業、貿易、外交の面からとらえる必要があること。
この中で八八艦隊とは、加藤友三郎が中心になって推進してきた日本海軍の拡大整備政策でアメリカに対抗し得る海軍力を持つことを目的にする壮大な計画を指しています。
ワシントン軍縮会議では冒頭にアメリカのヒューズ代表が大胆な海軍軍縮の提案をしたのですが、各国の考え方がそれに大変好意的であるという世界状況をその場で把握した友三郎は、その現実を元に熟慮の末、自らのアイディアである八八艦隊を葬り去る決意をしてまで、国際協調路線、そして対米協調路線にこそ日本の生きる道があることを自覚したのです。
結果として、友三郎はヒューズ提案を受け入れ、世界が軍拡から軍縮へと大きく舵を取る上での主要な役割を果しました。そのためにも、日本国内への根回し・説得の努力が必須だったのですが、友三郎の政治力がそれを可能にしました。
それがそのまま真珠湾攻撃に当てはまる訳ではありませんが、工藤美知尋さんの言葉を借りれば「もし加藤友三郎があと数年生きていたら、日米開戦は避けられただろう」ということなのです。
私もそう思いますが、保阪正康さんの真珠湾開戦についてのお話を伺って、改めてその感を深くした次第です。
軍人が軍縮を唱えるというのはある意味、最大の矛盾ですが、その軍人が一体何のために軍人であるのかという大目的を考えると、それは国民の幸せです。その点を誤ることなく現実の政治の場、それも国内だけではなく国際的な場で生かす力を持っていた加藤友三郎の偉大さを改めて評価しておきたいのです。
政治家たちが悪戯に、軍拡こそ我が国のためだという言辞を弄していることが、いかに狭量かつ近視眼的であるのか、いかに世界をの未来を見ていないのかを示す指標になっている今、改めて私たちは友三郎から学ぶことから始めるべきなのではないでしょうか。
皆様にとって、きょう一日が素晴らしい24時間になりますよう!
[2025/12/11 人間イライザ]
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