H君を偲ぶ会
――没後3年、80人が集いました――
H君の人徳だと思いますが、コロナ禍でようやく開くことになった偲ぶ会には、会場一杯の80人以上の人が集い、H君の生前の人となり、思い出や、これから一緒にしたかったであろう仕事や余暇活動、それも彼の華やかな人生を再現するような様々なエピソードばかりでした。
例えば、最後の奥様が披露してくれた「遺産」は、H君を彷彿とさせるものでした。彼が残したスマホの電話番号は、レストランが一番多かったのだそうです。
食通の彼ならさもありなんですし、友人たちもIBMから始まり、アスキー、セガ、コロムビア、早稲田大学、東京都市大学等々の職場での同僚や部下たち、そして彼の後継者たちが「変人」としてのH君や、才能溢れる、あるいは人間的な存在として、惜しまれて早世したH君について時間がいくらあっても足りないくらい、語ってくれました。
私は、彼の思い出の中でも、英語が堪能でその上、詩を愛し数学にも強かったことを皆さんに聞いて頂きました。
一つは2015年、Emily Rolfe Grosholzというアメリカの哲学者(特に数学と科学についての研究が目立っています)、かつ詩人の「Childhood」という詩集を津田塾大学の早川敦子先生が日本語に訳され、その出版に際して、Emilyに日本に来て貰った時のことです。出版社はクルミド出版です。
早稲田大学で講演をして貰ったのですが、著名なアメリカの詩人の作品を、「大円」と「コンパクト化」という数学的概念との関連で分析するという内容でした。事前に、原稿を貰えましたので、日本語訳を付けましたが、英語の誌の批評ですので、日本語訳があってもそれほどは役立ちませんでした。事実、「チンプンカンプンだった」と正直に言ってくれた人もいたのです。
でもH君は熱心に講演を聞き、真っ先に手を挙げ、「素晴らしい講演だった。特に、数学的な概念が詩の本質を解き明かしているところ (その具体的な個所を挙げて説明--その部分は略します) で、目から鱗の思いをした」と述べてくれました。講演後は、H君とEmilyの話が弾んでいました。
もう一つは、このブログでも報告しましたが、彼のお見舞いに行った時に話題になったことです。ベッドで読むには、俵万智さんの短歌集より、夏井いつきさんの句集の方が良いと思って、一冊プレゼントしました。H君は夏井さんが着物を愛していることに感謝していること、自分でも捨てられる着物を集めて、再生利用するプロジェクトをしていることを話してくれました。
こんな時にも、「田舎の学問より京の昼寝」を思い知らされてしまいます。御家族が偲ぶ会の会場に持参されたものの中には、愛用のオーボエ (H君は若い時はオーボエの演奏者になりたかった) 万年筆、カメラ、彼を亀仙人に見立てた劇画があり、それらを前に私たちの思い出話が途切れることはありませんでした。
それでは今日一日が、皆さんにとって素晴らしい24時間でありますよう!
[2022/2/27 イライザ]
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