ヒロシマの心を世界に [春宵十話]

核のない平和な未来を創るために

予言します:  日本政府は核兵器禁止条約を批准する ――被団協と市民の力があるからです――

予言します:   日本政府は核兵器禁止条約を批准する

――被団協と市民の力があるからです――

署名共同提出のつどい---340万筆を超えています

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《日本政府に核兵器禁止条約の署名と批准を求める署名を共同で手渡す》

「存立危機事態」とか「非核三原則の見直し」といった言葉とともに、戦争への道を具体的に歩み始めた高市政権の、政権自体が「危機」であり途轍もない危うさを背景に、11月21日、日本という国の方向性をしっかりと確認し世界に示すための集会が開かれました。

屋内と屋外の2つの集いの趣旨は、日本政府に核兵器禁止条約の署名と批准を求める署名を、政府代表に市民代表か共同で手交することです。東京日比谷の星稜会館のホールで開かれました。

その後は、日暮の荘厳な雰囲気の中、国会議員会館の前の道路を端から端まで埋め尽す多くの人々を鎖でつないだ屋外集会でした。

被団協や原水禁原水協、その他、核兵器廃絶のためそして被爆者の支援のため、平和のために活動をしてきた多くの組織の皆さんが主催する集いです。中には、高校生の平和ゼミナールといった若い人たちのグループも元気に参加していました。これらの人たちが全国で集めた署名、その総数はなんと344万9012筆でした。

 

《全国の平和を愛する市民の息吹を感じられる歴史の転換点》

両方の集いは、合わせて3時間近く掛かったのですが、あっという間に過ぎてしまうほど充実した内容でした。「充実」だけでは、当然言葉が足りません。「感動的」という言葉もちょっと陳腐です。「全国の平和を愛する市民の息吹を感じられる歴史の転換点」とまとめてしまっては言い過ぎでしょうか。

屋内集会は311人が参加しましたが、その半数以上が全国から集まった被爆者の皆さんでした。屋外集会は700人。当然重複もあるのですが、ここでは単純に領収会の参加者は1000人と数えておきましょう。

そしてお一人お一人短い時間でしたけれど、二つの集いの中で、被爆者の方々が全部合わせたら50人以上になると思いますが、御自分の被爆体験や、核兵器禁止条約を日本が批准すべきこと、日本が先頭に立って核兵器の廃絶を推進すべきこと、非核三原則の見直しや存立危機事態など、日本の未来を戦争に向けて歩み出してはいけないこと等々、まさに多くの日本国民が普段感じているこの世のあり方を切々と訴えられる姿に胸を突かれ、私には神々しくしさえく見えました。

それは、80年にわたる被爆者の皆さんの人生に裏打ちされているからですし、亡くなられた被爆者や戦争犠牲者、340万人を超える署名者、署名はしなかったけれど胸の中に同じ思いを抱いている数千万の人々の思いが反映されているからです。

 

《日本政府は核兵器禁止条約を必ず批准することになる・被団協が世界を救う》

こんなに感動的なこの一日を一言で総括すれば、「日本政府は核兵器禁止条約を必ず批准することになる」という確信です。あえて「予言」と言っておきましょう。これが一つ目です。

日本政府は頑なに核兵器禁止条約の署名や批准を拒否しています。それについて語ろうともしないほど硬直しています。しかしながら、昨日の二つの集いとその背後にある多くの市民の声が必ず日本政府の態度を変えさせるだけの力になることを確信することができました。

そしてもう一つ被団協が中心になって、このような催しを開いたことが大きな意味を持っています。「核兵器が人類を絶滅させるか、人類が核兵器を廃絶するか、その選択をするのは我々だ」と述べたのが、ラッセル・アインシュタイン宣言です。被団協がリーダーとなる新たな運動がその答になるであろうことを示しているからです。

具体的な証拠の一つが、これまでややもすると別行動を取ってきた原水協原水禁核廃絶運動、平和運動等について、行動を共にすることで日本人の世論を一つにまとめると役割を果してくれたことです。つまり、日本全体を包括する大きな運動体の創れることを示してくれました。

そして、日本政府や核保有国の指導者たちが信じ続けたいと願っている、そして自分自信を騙してしまっている「信仰」が誤りであることにも改めて気付かせてくれました。為政者たちの力、権力者たちの力で、世界の政治を操り、未来をつくるのだという信仰です。権力者が世界を動かしているという信仰です。

しかし、長いスパンで歴史を見ると、最後には市民の力、世論が世界を動かしています。だからこそ、どの国の政府も世論に大きな関心を持ち続けているのです。、

世界のこれまでの市民運動の動きを振り返ってみると明らかです。国際的な平和関連おける実例をいくつか列挙しましょう。

 

《市民の力が世界を動かした実例》

昨日の二つの集いに参加して私の脳裏に浮かんだのは、1982年のニューヨークでの100万人デモと集会です。昨日の集まりは、それと重なる熱気そして重みを持っているように私は感じました。

これまで何度も言ってきたことですけれども、1982年をピークとした世界的な盛り上がりの結果として、1986年にはレイキャビックゴルバチョフ書記長とレーガン大統領が「核兵器を廃絶する」という合意に至りました。

残念なことに、二つの超大国の首脳たちの合意を超えるような力が働いて、核廃絶は実現しませんでした。しかし、世界の世論が超大国のリーダーを動かしたという一つの実例ではあります。

次にこのような「合意」ができる時までには、私たちたち世論の力をさらに大きな力にしておきましょう。私たちのより洗練されたそしてより強力なネットワークを創って、短期的にも世論の力が最終的な決定打になる、市民の声を反映したリーダーたちの合意はそのまま実行されるような環境を作るため、さらに頑張りましょう。

そして、その1986年には、ニュージーランドでワールド・コート・プロジェクトと呼ばれる市民運動が始まりました。1996年に国際司法裁判所が、核兵器保有や使用は一般的に国際法違反だという趣旨の勧告的意見を出しましたが、これはニュージーランドの女性たちによるキッチンでの会話から始まった市民運動が挙げた成果です。井戸端会議から始まって、世界国際司法裁判所を動かすということが可能なのです。

さらに最近では、2017年に国連で採択され2021年に発行した核兵器禁止条約があります。これはノーベル平和賞を受賞したICANの皆さんが、世界中の市民の声をまとめて、さらにその声が国連の中で生きるような仕組みを作り、その結果として国連総会での多数の力によって採択された条約です。ICANそのものも実は多くの組織や個人が参加していますから、これこそ市民運動の壮大な広がるを示している組織だと考えて良いと思います。

2045年までに核廃絶を!》

そして今度はそれに加えて、被団協がリーダーシップを発揮できる環境をノーベル平和賞が作ってくれました。

これを成功に導くためにはもう一つ大切なことが必要です。それは期限をつけた目標です。

改めて強調をしますが、「期限のついていない目標は夢にしか過ぎない」という言葉があります。私たちの運動の目標である核兵器の廃絶もしっかりとした期限を付けて、その期限までに実現をする覚悟で今から運動をする必要があるのです。

そしてその期限とは被爆後、そして戦後100年になる2045年です。その年までに核兵器を廃絶するという目標は理にかなっています。被曝後100年は、被爆者の皆さんの中でまだお元気な方もいらっしゃるギリギリの年だと思います。その皆さんとともに核兵器の廃絶を祝うために、被爆者が世界中に大きな影響力を持っている今、その力が多くの人の目に見えている間に核兵器を廃絶する目標を一緒に掲げましょう。

そしてその道への出発点が昨日の二つの集いの中で、はっきりと型形作られているプロセスを私は体感し、目の当たりにしました。後は実行あるのみです。

2045年までに核廃絶を!」を合言葉に、あるいはそれを縮めて「2045ビジョン」」を実現しようでもよいでしょうし、単に、「2045年だよ」でもよいでしょう。それを合言葉に、もっともっと多くの人たちに、この言葉を広める「合言葉運動」に参加して貰いましょう。

 

皆様にとって、きょう一日が素晴らしい24時間になりますよう!

[2025/11/22   人間イライザ]

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