#バレンタインデー の #意味
――#反戦の日 #愛 や #家族 について #考える日――
日本政府は仲裁の役割を果せます
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2月14日はバレンタインデーです。
1999年、市長就任後のバレンタインデーの前に職員に伝えたのは、「義理チョコ」の禁止です。思わず「禁止」という言葉を使ってしまいましたが、本当は、「愛のないプレゼントの交換に意味があるのか」という問題提起です。
なぜそんなことを考えたのか?もちろん理由があります。その趣旨は、2004年の2月14日、日本・ヨルダン・エジプト・パレスチナ女性交流公開フォーラムの場でのスピーチとしてお聞き頂きました。岩波書店の現代文庫『新版 報復ではなく和解を』に収められていますので、そこからの引用を交えて、以下、お読み頂ければ幸いです。
バレンタインデーの起源について、ほぼ定着している説は次のようなものです。
西暦三世紀、ローマ皇帝のクラウディウス二世は、大変過酷な悪政を布いた、しかも戦争が好きだったということで不人気だった皇帝です。彼の治下、戦争に行きたくない若者が多かった。なぜ若者たちが戦争に行きたくないのかについて皇帝が考えた。彼の下した結論は、家族とか愛する人たちがいるからだということになりました。そこで皇帝クラウディウスニ世は結婚を禁止しました。
その時ローマのキリスト教司祭だったバレンチーノという人がいるんですが、英語の名前はバレンタインです。彼は秘密裡に若者たちの結婚を執り行なったのです。秘密が漏れない間は良かったのですが、皇帝にばれて投獄され、遂に2月14日に処刑されたという歴史があって、それがローマ時代のずっと長い間続いていた二月のお祭りと一緒になってバレンタインデーになったという説です。
だとすると、バレンタインデーというのは、本当は反戦の日ではないか、戦争に反対をするということについて、あるいは戦争の意味について、家族について、愛の意味について考える日なのではないでしょうか。その愛の意味を表面的なレベルで捉えてしまっているバレンタインデー、表面的なレベルと言ってしまってはちよっと言いすぎかもしれませんが、もっと深い意味があることに心すべきなのではないでしょうか。
今、ウクライナでもガザでも多くの市民の命が奪われています。最低限、「即時停戦」をせよ、そして、これ以上人の命が失われてはならない--バレンタインデーにこそ、私たちが声を大にして、戦争当事者全てに伝えなくてはならないメッセージです。
そのメッセージを掲げて、効果的に仲裁の労を取れる立場にいる日本政府は一体何をしているのか。厳しく問いたいと思います。
2024年も健康に留意しつつ、少しでも良い年にすべく頑張りましょう。
[2024/2/14 人間イライザ]
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