日記を付けなくても良いと考えた理由
――去年も同じ日に日記のことを書いています――
昨年の安倍元総理の事件、そして今年になってからの岸田総理の襲撃事件について、私たちの育った時代と比べて時代背景として何が違うのかを考えていたのですが、その前段として日記についての私の「決定」を書き残しておこうと思いました。
そこで思い出したのが昨年のこのブログの記事ですが、調べてみたら丁度同じ日に日記について取り上げていました。偶然なのか、季節的に日記が頭に浮かぶような行動を取っているのか分りませんが、日記です。
老化防止のため、2017年から日記を付け始めました。今でも続けていますし、毎日書く量も増えています。でも、それまでは小学校の宿題で絵日記を付ける以外には日記とは縁がありませんでした。
でも一度、真剣に日記を付けた方が良いのかなと悩んだ時期がありました。アメリカに留学していたときなのですが、毎日が貴重な体験でしたので、記録として日記を残すべきなのかを考えたのです。
結論は、「日記を付ける代りに、毎日の時間をより有効なことに使う」でした。「より有効なこと」は、友達と一緒の時間だったり勉強をしたりだったのですが、日記の代りになるものがあったのも理由の一つです。
それは音楽でした。毎日の生活の中で音楽は欠かせなかったのですが、好きな曲を頭に浮かべると、その曲を聞いていたときのシーンが細かく頭の中で再現できたのです。
若さの特権だったのだと思います。最近はYouTubeでも昔聞いた曲がランダムに流れて来る時があって、確かに当時のことを思い出しますが、当然、事細かにその時の全てが頭に浮かんでくることはありません。
「老化現象」など全く思い付きもしないで、日記は付けないという決定をした浅墓さは後悔しています。でも、日記の代りにする積りで集めたLPレコードやCDが残っているのは不幸中の幸いです。
最後に今日一日、皆さんにとって、素晴らしい24時間でありますよう!
[2022/4/23 イライザ]
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