ヒロシマの心を世界に [春宵十話]

核のない平和な未来を創るために

憲法は死刑を禁止している ――第36条も禁止しています――

憲法は死刑を禁止している

――第36条も禁止しています――

より丁寧に憲法を読んだ結果

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拙著『数学書として憲法を読む――前広島市長の憲法・天皇論――』 (2019、法政大学出版局刊、以下『数学書』と略) の内容について、より広くは憲法について、この7年間続けて考えてきました。出版当時は、小さい訂正やより丁寧な説明が必要だなと思えるところはありましたが、大筋ではそれ以上の加筆や訂正はしなくても良いのでは、と考えていました。

それが甘かったことを最近つくづく感じています。楽観的に考えると、いくつになっても私自身が成長していて新たな発見ができているということですし、少し自省を交えての感想としては、なぜ7年前に気が付かなかったのか、という気持もあるのです。

ただし、『数学書』に間違いがあったのではなく、より丁寧に憲法を読んだ結果、その内容をさらに豊かにするような新発見があり、それに伴って加筆すべきところが出てきたのです。

主な「新発見」の一つ目は、憲法第98条の「最高法規」の力が如何に大きいかを確認できたことでした。これについては、2年前の「その1」以下、何回かに分けて説明しています。それから一日飛んで、2月23日と24日の記事に続きます。[リンクは右クリックして、次に左クリックして開いて下さい]

また一日休んで、その次は、2月26日です。

二つ目の「新発見」は、戦争放棄を謳っている第9条の第二項の後半、「国の交戦権は、これを認めない」の意味です。序の口として、5月24日に、その意味をお浚いしておきました。

しかし、それだけで済ませてはいけないと考えています。憲法改正をしなくても、自衛隊を合憲化するためには、防衛省を防災省に改組して自衛隊を災害救助隊にすれば良いのですから、改訂版ではその詳細を追加したいと考えています。

このブログでもシリーズとして何度もこの件を取り上げていますので、分り易く整理した上で、再度皆さんにもお届けする積りです。

三つめは、憲法が死刑を禁止していることの、もう一つの「証明」です。『数学書』では、いくつかの独立した方法で憲法が死刑を禁止していることを「証明」してきました。

そのうちの一つは、昭和23年の最高裁判所の判決には全く根拠が示されていないという点を指摘したものでした。つまり、「死刑は合憲だ」という主張を述べているに過ぎず、何故ならかくかく云々の理由があるからですよ、という説明がないのです。

その一部として、憲法第36条が「絶対」とまで強調して禁止している「残虐な刑罰」には当らないと、最高裁は主張しています。それに対する反論になるのですが、憲法36条を文字通り読めば、死刑を禁止していることがはっきりするのです。

ようやく、36条に辿り着きましたが、長くなりましたので、この先は次回に。

 

様にとって今日という一日が、良き日になりますようお祈りしております。

[2026/6/5   人間イライザ]

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