追悼の仕方
――故人を思い出し話題にすること――

元衆議院議長・田村元さんの教えです
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惜しまれつつ亡くなられた菅原洋一さんは90歳を超えていましたので、「天寿を全うされた」と言っても良いお年でした。加えて、80代を超えた私たち世代の中でも、友人や知人で幽明境を異にする人たちが増えています。
菅原洋一さんには『一本の鉛筆』を歌って貰いたかった、そして一度コンサートに行ってみたかったという叶わぬ夢があるのですが、亡くなった友人たちについても叶わぬ夢が残っています。
最近亡くなった中学の同級生Y君は、カラオケでも人並み外れた声量でいつも私たちを圧倒していました。できれば、彼の歌を大きなホールで、しかもマイクなしで聞いてみたかったなぁ――と改めて思っています。
昨年亡くなったS君とは、大学時代に冨浦の海岸で遊んだことがありました。「カラグル」の会の同級生たちも一緒だったのですが、S君も含めて皆でもう一度海遊びをしてみたかったなぁー-という気持が残っています。
なんだか未練がましいような気もするのですが、でもそうではないということを元衆議院議長だった田村元先生 (人生の師ですので「先生」です) から教わりました。
もう30年近くも前になりますが、母が亡くなったときの言葉です。それは故人について二つの供養をするのが大事だという教訓でした。一つは故人との別れを悲しむこと。特に親しい人の場合には泣くだけ泣きなさい、ということでした。そしてもう一つは、故人を思い出すことの大切さです。故人を知っている家族や友人、仲間族等々と一緒に故人を話題にすること。
ということで、「未練がましい」と切り捨てるのではなく、亡くなった方々と私たちとの間に今でも続いている絆を確かめる意味で、「叶わなかった夢があるね」と共通の話題にすることは、私たちにとっても大切な時間を共有するという意味になるのです。
菅原洋一さん、Y君、S君、そしてEさん、それに田村先生、心から御冥福をお祈り致します。
皆様にとって今日という一日が、良き日になりますようお祈りしております。
[2026/6/4 人間イライザ]
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