皇室典範をいじるなら
――合憲性も考慮すべきでは――

飛鳥時代には女性天皇がいたのですから
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この文章を書いたのは、前回も注意書きとして付け加えておきましたが、今から40年近くも前の1989年3月です。今の上皇が新天皇になられた年ですので、平成元年だということは簡単に分ります。でもそれが何年前になるのかと言われると、西暦のように計算すれば分る話ではないので、やはり不便です。そして、1989年は昭和64年と平成元年と二つの元号にまたがっていますので、計算はなお複雑です。
それはさておき今回は、新天皇に期待をするのは何故か、の説明を引用しています。ここで改めて考えていただきたいのは、天皇の公的な言動については、憲法第4条と第7条によって内閣が責任を負っているのですが、当時の毎日新聞の報道によると、天皇に与えられたスピーチの一部を新天皇が飛ばして読まれたとのことなのです。
私が期待をしたのはその点です。新天皇の知的誠実さを読み取ったからなのですが、同時に、天皇の知的良心を公に表現できる限度はどのくらいなのかという、現実的な問題についても考えない訳には行かないことにも気付きました。そのことも頭に置いてお読み頂ければ幸いです。
この点については、拙著『数学書として憲法を読む――前広島市長の憲法・天皇論――』(法政大学出版局、2019年刊) の第九章「天皇の憲法遵守義務」で詳しく論じていますので、お読み頂ければ幸いです。
ただし、この章の最後までお読み下さい。ある専門家は、恐らくこの章の最後までは読まずに、私が論じる天皇の遵守義務の実質が「憲法に反する行為」と決め付け、それは間違っていると論じています。私の論じ方にも問題はあったのかもしれませんが、あくまでも憲法の許す範囲で、しかも内閣や政治と独立して、天皇が自らの意思を表現する手段はあるのです。
以下、昨日に続いて序章「ケネディー大統領と昭和天皇」からの引用です。
《新天皇への期待》
私だけの思い込みでないことを祈るのだが、仮にマスコミが重い腰を上げなくても、事態が改善されそうな兆候がある(そうした芽が出たときに、それを摘んでしまうことだけは避けてもらいたい)。
2月24日、いくつかの弔辞の中で際立っていたのが、新天皇の言葉だった。竹下首相が「昭和天皇は、世界の平和と国民の幸福を心から願われ」と述べたのに対し、新天皇は「ひたすら国民の幸福と平和を祈念され」と表現した。新聞報道によると、原稿には「国民の幸福と世界の平和」と書かれていたのだが、24日、新天皇は「『世界の』をはぶかれてお読みになった」のだそうである。
これを私は、新天皇の「知的誠実さ」の表現だと考えている。側近の準備した原稿をそのまま読まずに、歴史に忠実に、かつ自分の言葉に直して伝えたいと、新天皇は考えたのではあるまいか。もしそうなら新天皇には、これからも知的に誠実であって欲しい。表現の自由をも含めて、日本国民の持つすべての権利を獲得するように努力を続けて欲しい。
天皇が、権利についても義務についても、日本国民の一人となり、大多数の国民との間に、人間的なつながりができた時、はじめて彼(または彼女)は本当の意味で日本国民の象徴になるのではないだろうか。
さて、40年近く前に綴った拙文をお読み頂いた後で、時計を現在に戻しましょう。
憲法の第一条に天皇の存在と意味付け、つまり定義が書き込まれていますので、憲法改正をしない限り天皇制は続きます。しかしながら、現在の皇室典範のままでは、その天皇制が続かない可能性もあるというのが、「皇族数確保に関する衆参両院全体会議」 (全体会議と略) の認識です。では、天皇制を続けるために何が必要なのでしょうか。
全体会議の考え方は、「皇族の数を増やす」、が答だと考えているようです。
それも必要なのかもしれません。しかし、私は1989年に感じたように、「天皇が、権利についても義務についても、日本国民の一人となり、大多数の国民との間に、人間的なつながりができた時、はじめて彼(または彼女)は本当の意味で日本国民の象徴になるのではないだろうか。」が理想的姿だと今でも思っています。
仮に皇室典範を全面的に改訂することになったとしても、天皇や皇族の人権が100%守れるような内容にできるのかどうかは分りませんが、今よりは改善されることが多くの国民の目に明らかになるような形での変更はできるでしょう。
その視点も付け加えての解決策の一つが、女性天皇を認めることなのではないでしょうか。そして全体会議の二つの案については、天皇や皇族の人権をより強く擁護することにはなりません、そして「今よりは改善されることが多くの国民の目に明らかになるような形」でもありませんので、両方とも保留にすることでしょう。
当然の結論になったような気もしますし、尻切れトンボのような感もありますが、この議論は今後も続けます。
皆様にとって今日一日が、良き日になることをお祈り致します。
[2026/5/18 人間イライザ]
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