私たちは大丈夫なのでしょうか
――メローニと高市の違い――

上院で演説するメローニ首相 (YouTubeから)
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イタリアのメローニ首相は3月12日、イタリアの上院で演説し、その中で、2月28日、イランのミナブ校でのイスラエルとアメリカによる子どもたちの虐殺を非難しました。演説の一部を引用します。[英語訳付きのYouTube画像を御覧下さい。Hook Globalによるサイトです。]
アメリカとイランの軍事行動によって、非戦闘員、特に子どもたちの安全が脅かさることは決して許されません。この視点から特に、イランの南部にあるミナブ校で小学生の少女たちが虐殺されたことを、イタリア政府を代表して強く非難します。犠牲者の家族の皆様に連帯の気持を捧げると同時に、この悲劇の責任が早急に解明されることを強く望みます。
一方、3月19日、ワシントンでトランプ大統領と会談した高市総理は、ミナブ校については全く触れず、逆にトランプ大統領を礼賛しています。
この言葉から、ミナブ校での悲劇について、高市総理が心を痛めているというメッセージもトランプ大統領が責任を感じているという片鱗も読みる取ることはできません。
しかも、この記事で問題にしているのは、朝日新聞とニューヨーク・タイムズによるこの言葉のトランプへの迎合度の違いなのです。その違いは「愛嬌」なのか「ゴマすり」なのかというレベルです。
日米、轡を並べてこの有様です。国家権力を元に行った軍事行動の結果起きた虐殺については何も言わなくて良いのでしょうか。首脳会談の場では口に出すべきではない事柄だという説明もあるでしょう。では、その他の場ではどうなのでしょうか。日本政府によるミナブ校での虐殺についてのコメントは探しましたが見付かりませんでした。
多くの子どもたちが殺された事実を前に、私たちにはその意味を問い直す責任があるのではないでしょうか。虐殺を許さないという倫理的・道徳的・人道的な判断を社会全体、世界全体で示す責任です。
残念なことにわが国では、トランプ礼賛とミナブの少女たちの意味を比較したり、同じ枠組みで論じたりする風土がないのかもしれません。となると、私たち自身の倫理観・道徳観・人道観は大丈夫なのかも問い直さなくてはならないのかもしれません。
蛇足になるかもしれませんが、メローニ首相は災害対応でも、災害大国の我が国のお手本となるような行動を取っています。それも、2年も前に。岸田首相との対比でそれを論じています。[リンクは右クリックの後、左クリックして下さい。]
蛇足の蛇足になるかもしれませんが、最近のTBSの世論調査では高市政権の支持率は74%だとのことです。これが全て、トランプ政権とイスラエル共同のイランに対する攻撃についての判断だけに基づいていないことは勿論なのですが、それでも敢えて問い掛けます。私たちの倫理観は大丈夫なのか。世の中を見回すときに道徳という視点は生きているのか。
皆様にとって今日一日が、良き日になることをお祈り致します。
[2026/5/6 人間イライザ]
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