南丹市の事件と人質司法
――憲法38条は無力なのか――

自白だけでは有罪にならないのでは
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南丹市の事件にショックを受け、心が痛んでいます。犠牲になった結希君の御霊安かれと祈っています。そして、事件の真相にも関心を持っています。 少し詳しい解説を求めて、数人の「元刑事」さんの分析もYouTubeで拝見しました。そこで、かなりの違和感を持つ説明に何度も出くわすことになりました。
YouTube上の画像はいつ除去されたり改変されたりするのか分りませんが、当分は大丈夫だという前提で御覧下さい。解説の一つの最初の部分です。1分30秒くらいのところまで御覧頂ければ私の言いたいことはお分り頂けるのではないかと思います。
死体遺棄を自白しているのは被害者の継父ですが、「自白だけでは不十分だ」と元刑事さんは言っています。その理由として、自白だけだと裁判になったときに、引っ繰り返されてしまうとか、嘘だったら困る、あるいは犯人が一人だけではない場合のことも考えなくてはならない等の理由が述べられています。
しかし、いくつかのYouTube動画に共通していたのは、このような実利的な理由だけはどの「元刑事」さんたちは挙げているのですが、憲法に言及している人が一人もいなかったことなのです。憲法38条には次のように規定されています。
第38条 何人も、自己に不利益な供述を強要されない。
2 強制、拷問若しくは脅迫による自白又は不当に長く抑留若しくは拘禁された後の自白は、これを証拠とすることができない。
3 何人も、自己に不利益な唯一の証拠が本人の自白である場合には、有罪とされ、又は刑罰を科せられない。
特に、第3項は明白に、「自白」だけでは有罪にできないことを明記しています。このような規定が存在する理由として、取り調べの時と裁判の時とで被告の言い分が違うと困るというような、警察・検察側の実利的な理由もあるのだと思いますが、同時に、被告や被疑者の人権を守るという大切な目的のあることも忘れてはならないのではないでしょうか。
「元刑事」という立場の皆さんもきちんとした憲法教育を受けているはずですが、YouTubeで毎日のように長い解説を続ける中で、自白についての憲法の規定に触れる人が一人もいないのは何故なのでしょうか。
捜査の現場でもこの大原則が生きていると信じたいのですが、解説の場では実利的な言葉だけになってしまうのは、38条の力のなさを示しているのでしょうか。
こうした皆さんに問題があると言いたいのではなく、日本の司法制度の中で袴田さんのように冤罪が起き、角川歴彦さんのような人質裁判がなくならないのは、司法も憲法に従わなくてはならないという大原則が、どこかで蔑ろにされているからなのではないかと考えられても仕方がないような気がするからです。この疑問についても再度取り上げる積りです。
それが、回りに回って「元刑事」さんたちの解説に反映されているとしたら、やはり要注意なのではないでしょうか。
皆様にとって今日一日が、良き日になることをお祈り致します。
[2026/4/27 人間イライザ]
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