アポロ11号の打ち上げをこの目で見ました
――1969年7月16日にケープ・ケネディーで――

毎日新聞取材班のお手伝いをしました
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「アルテミスII」計画として、有人の月探査ミッションの様子が伝えられています。月の裏側の写真や、月の近くから見た地球等、「懐かしい」画像を目にしつつ、無事地球に戻ってくることを祈っていました。そして有人宇宙船「オリオン」は、4月11日(日本時間)太平洋に着水、一安心しました。
アルテミス計画に関心を持っていたのは、57年前、1969年のアポロ11号の月面着陸、そしてその後の地球への帰還を、一番近い距離で見守った経験があるからです。
アポロ11号は、フロリダ州のケープ・ケネディーから打ち上げられました。そして地球に帰ってくるための管理を行ったMission Controlはテキサス州のヒューストンにありました。私は、ケープ・ケネディーの記者センターで打ち上げの様子を、そしてヒューストンで帰還の様子を取材する毎日新聞のチームの一員として、アポロ11号に関わっていたのです。
本当に偶然だったのですが、1969年の6月に、当時毎日新聞社のアポロ11号取材班だった山崎宗次男さんと清水洋一さんのお二人に、私が留学していたマサチューセッツ州のケンブリッジでお会いしました。それが縁で、お二人の毎日新聞の取材活動を通訳、そして運転手雑用係としてお手伝いすることになったのです。
冒頭の写真はその時、世界中から集まったマスコミ取材班の皆さんの写真を、メディア・センターがモザイクにして作ってくれたポスターですが、その中に私の写真も入っています。もし見付けられた方がいらっしゃれば、拙著を賞品として差し上げたいと思いますので、コメント欄に住所をお寄せ下さい。
アポロ11号の発射を見守った取材班の中には、ノーマン・メイラーさんもいました。勇気を出して「どんな感想を持ちですか」と聞いてみたのですが、「それは本に書くから」という答を頂きました。普通に答えてくれたのが嬉しかったのですが、世界的な著名作家と直接言葉を交せたのも懐かしい思い出です。
そして当時も地球上の問題が多々あるのに、何故わざわざ月に人を送らなくてはいけないのかという議論がありました。それは大切な議論だと思いますし、その時も今回もそしてこれからも、続けて、科学技術の応用という面からも真摯に議論をしなくてはならない点だと考えています。
そしてこのアポロ11号の取材は私の人生を変えることになりました。毎日新聞の山崎宗次さんにお会いしたこと、そして彼が主宰していたマスコミ志望の学生のための私塾「山崎塾」に関わることになったからなのですが、その経緯やその後についてはまた機会を改めてお話しできればと思います。
今日一日が皆様にとってよき日でありますよう、お祈り致します。
[2026/4/13 人間イライザ]
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