アメリカ・イスラエルのイラン攻撃
――「武力で言いなりの世界をつくる」が人類の基本原則になったのか――

戦争は誰が始めるのか
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《トランプは何故2015年合意を反故にしたのか》
昨年の6月に、今日のことを心配してのコラムを書きました。2015年の合意等、大切な努力が反故にされ、アメリカとイスラエルが戦争への道を歩んできた道筋がハッキリ分りますので、是非御再読下さい。
そしてその攻撃が8時15分に始まったということで、イランに対して最悪の結果は攻撃だよということをほのめかしているのだと考えている人もいます。あるいは、アメリカが攻撃しなければイスラエルは核兵器を使う、とトランプを脅してのイスラエルの強硬姿勢が根元にはあつた、という見方もあるそうです。
様々な解釈がある中でも戦争という事実は厳然として存在します。その戦争を巡る基本的な考え方についても人類は蓄積を重ねてきました。そのいくつかを見ておきましょう。
《民主主義を守る手続き》
まず、アメリカの法体系では、そもそも戦争を始められるのは議会の権限です。にもかかわらずこの権限に依存せず、大統領が戦争を始めるという既成事実が長い怠惰続いてきました。憲法違反ではあっても戦争になると、ほぼ全てのアメリカ人たちは何となく、と言うより熱狂的に流されてきてしまってきていたのです。戦争を始める理由は勿論、始める上での手続きも蔑ろにされて、ただただ勝つことだけに注意が向けられていたのです。
このように、憲法や法律の定める手続きを全て無視して遂行されても文句の言えないのが戦争だと、冷ややかな見方をすることも可能ですが、それでは民主主義を捨てるのと一緒です。一つ一つに意味のある民主主義の手続きを権力者に理解させ、実行させなくては民主主義は守れません。
今回はそれに輪を掛けての戦争開始です。例えば、大統領が戦争を始めると宣言するのなら、それが憲法違反でも、せめて国民に向ってその意味を真正面から説明する姿勢位は必要でしょう。そのためにはホワイト・ハウスの執務室とか、議会での演説とかといった場がどうしても必要です。
そして今回も、大統領がアメリカ国民に対して正式に承認を求めるとい形を取ってはいないのです。もっと大胆に、国民に御託宣を垂れているのです。
真夜中に突然何の前触れもなくSNSで演説をして、それで戦争を始めてしまっているのですから。憲法も議会もアメリカの国民も全く無視をされてしまって、ごく限定された超お金持ちのお友だちの遊び道具であるソーシャル・メディアが全てに取って代ったのです。その背景には、「武力で、自分の思う通りの世界をつくるのだ」という選民意識があるのでしょう。
それに対してアメリカの国民がもっと大きな声を上げてくれることを期待しています。私たち日本でも、今度は日本政府がこれに追随して好い加減な態度を取るようなことを許してはなりません。
道義的退廃ここに至れり、という感がしますが、それに対抗する一歩は、人の道というものがあり、人倫という言葉もあるという真実をを私たちが再確認することから始めなくてはなりません。
今日一日が皆様にとってよき日でありますよう、お祈り致します。
[2026/2/28 人間イライザ]
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