2045年までの核廃絶
――大きな力が後押ししてくれています――

地球を覆っているような力です
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《オリンピック旗の旗手》
ミラノオリンピックで、オリンピック旗の旗手を務めたことは言葉にできないほど大きな名誉です。被爆者の皆さん、世界の至る所で戦争の被害を受け、「Never Again!」を掲げて世界の平和のために頑張って来られた都市や市民、志を同じくする国々やNGOその他多くの皆さんの代理としての役目を果すという気持で会場に入りました。その立場をしっかり肝に銘じ、これほどの栄誉に伴う責任を果す義務のあることも自覚しつつ、そのための活動を続ける決意も新たにしていました。
そんな視点でこれまでの数年の出来事を振り返ると、ごく自然に浮かび上がるのが、オリンピックという大きな舞台に出番を作って頂けたのは、より大きな目標を達成するために、私の目には見えないとてつもなく巨大な力が働いているのではないかという可能性です。
《「2045年までの核廃絶」》
「より大きな目標」というのは私の尺度での大きさですが、それは「2045年までの核廃絶」です。このブログでは何度も取り上げていますが、原水禁のパンフレットに掲載した内容を二度に分けてアップしました。
その第一歩として、「2045年」を「合言葉」にして世界中の人たちが、「2045年までの核廃絶」を大切なしかも身近な目標として共有しようと呼び掛けてきました。私だけでは無理ですから、「2045までの核廃絶」に賛同して下さった皆さんに協力して貰いたいと考えました。それを2025年の原水禁の世界大会の国際シンポジウムでは次のような形で発表しました。その後半部分のリンクを御紹介します。
さらに、私の属している色々なネットワーク、グループ等を通して呼び掛けてきました。とは言え、年とともに気力も体力も衰えてきていますので、行動のスピードも落ちていますしエネルギー不足を感じることもありました。
《オリンピック旗の旗手》
そんな中での「オリンピックの開会式」でした。
勿論、オリンピックの開会式にこのような栄えある役割を果すために参加する可能性など考えてみたこともありませんでした。中学や高校でスポーツは好きでしたし、部活もしていましたが、何らかの大会に出るレベルではありませんでしたし、当然、オリンピックに選手として出場するなどと夢想することさえ憚られる距離がありました。
それが突然、オリンピック旗の旗手なのですから、あまりの落差に状況が把握できないまま大役を務めることになりました。
しかし、全世界で20億もの人が見守るほどの大舞台です。言葉で「核廃絶」とか「2045年までの核廃絶」というメッセージを伝えた訳ではありませんが、その場での紹介やテレビやマスコミを通しての解説等で、私が想像もできない位の幅広い方々に、核兵器の廃絶が人類喫緊の課題であることの幾分かは受け止めて貰える機会になったのではないかと思います。そして、大会の組織委員会やIOCが、そのメッセージを送るための舞台を、旗手を選ぶという形で整えてくれたのです。
このような解釈は、私自身の中だけのことで、組織委員会やIOCがそう発言している訳ではありませんが、IOCやイタリアの組織委員会の皆さんの平和への思いや未来についての考え方、価値観がこのような形で表されたのだと解釈することは可能です。
しかしそれだけではないのです。実は、2023年には、アハマディア・ムスリム平和賞という賞を頂きました。
[長くなりましたので、以下、次回に。]
今日一日が皆様にとってよき日でありますよう、お祈り致します。
[2026/2/25 人間イライザ]
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