ヒロシマの心を世界に [春宵十話]

核のない平和な未来を創るために

オリンピックは音楽の祭典でもあります ――豪華な出演者――

オリンピックは音楽の祭典でもあります

――豪華な出演者――

ロッカールームまで来てくれたマエストロ・ボッチェリ

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《帰国しました》

オリンピックの開会式でのオリンピック旗の旗手としての大役を終え、数日前にミラノから広島に戻ってきました。長旅でしたので、やはり少し休養が必要でしたが、今日からミラノ報告・オリンピック報告を少しずつアップして行きたいと思っています。

と言っても参加したのは開会式だけですので、開会式での見聞や感想、そして準備のため、組織委員会の多くの皆さんが素晴らしい活動をされている現場の様子等についてもお伝えできればと考えています。

《「祭典」としてのオリンピック》

オリンピックを形容する言葉はいろいろありますが、あえて「祭典」という言葉を使うとすると、当然「スポーツの祭典」です。しかしながら、その他にも「平和の祭典」という面も大事ですし、ギリシャ時代からの伝統である「都市の祭典」、つまり主催をするのは都市だという点も大切です。

そしてテレビその他のメディアを通して、世界中の人々がオリンピック中継を視聴する時代ですので、良い言葉が見付かりませんので、あえて「パフォーマンスの祭典」を使いましょう。これは同語反復になるかもしれませんが、その他にはもう一つ大切な「音楽の祭典」という面を強調しておきます。

《音楽の祭典》

今回はその「音楽の祭典」のとしてのミラノ・コルティナ・オリンピックを簡単に紹介しておきたいと思います。

最初に触れておかなくてはならないのは、皆さんもお聞きになったと思いますが、マライア・キャリーです。彼女のボラーレは圧巻でしたし、その他にも彼女自身の最新曲も含まれていて、これだけでも開会式に出席する価値が十分にあったのではないでしょうか。

私が特に感激したのは、テノールアンドレア・ボッチェリの歌った「ネッスン・ドルマ」でした。20年前、2006年のトリノ・オリンピックでは、マエステロ・パバロッティが最後に歌ったことで、会場が大きな感動に包まれた歌でもあります。それがパバロッティの最後の舞台にもなったという点でも注目されているのですが、パバロッティの弟子とも言って良いボッチェリの歌声は、師であるパバロッティを超えたといっても良いような広がりと力強さを感じさせるものでした。

その意味を十分にお伝えするためには、イタリアで開かれたオリンピック、特に2006年のトリノ・オリンピックと今回のミラノ・コルティナ・オリンピックの比較もしたいのですが、それもおいおいアップしたいと思っています。

マエステロは控室まで足を運んで下さいましたが、「つい最近広島大学の学長さんとお会いしました」とのことでした。

今回のミラノでは、その他にも世界的に著名なミュージシャンが開会式で素晴らしい演奏をしてくれています。

若き天才的なバイオリンストとして知られるジオバンニ・アンドレオ・ザノンが、北京オリンピックに引き続いてミラノでも胸のすくような演奏をしてくれました。

イタリア国家を歌ってくれたのは、イタリア人歌手として最も人気のある一人、ラウラ・パウシーニでした。君が代と比べると静と動という対照的な国歌ですが、開催地ミラノを彷彿させる美しいそして力強い歌唱でした。

さらに私たち旗手8人がオリンピック旗を掲揚台まで運び、そのオリンピック機が掲げられる際に、オリンピック賛歌を歌ったのは、世界的なメゾソプラ歌手セシリア・バルトーリでした。そして驚くべきことに伴奏者はランランです。

リハーサルと本番と、この2人の演奏を間近にしかも直接聞くことができたのは、開会式にオリンピックの旗手への有り難いプレゼントでした。

これほどの素晴らしい音楽プログラムに触れることができただけでも、開会式に参加させていただいたこと、心からありがたいと感じています。そして今でもその感動の余韻に浸っています。

 

今日一日が皆様にとってよき日でありますよう、お祈り致します。

[2026/2/ 15   人間イライザ]

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