無人島の公衆電話
――斎藤忠臣さんを偲ぶ――

読んで頂きたいのですが「絶版」です
ブログ激励のため、上のバナーをクリックして下さい
《畏友斎藤忠臣さん》
「唯我独尊」の撤回について、昨日は、元広島平和文化センター理事長で、原爆記者としても活躍された斎藤忠臣さんの「盾」をトピックにしました。
斎藤さんが亡くなられて、今年はもう13回忌を迎えるはずなのですが、昨日今日と、斎藤さんの面影を懐かしく忍んでいます。
こんなに素晴らしいジャーナリストがいたということ、そして彼の遺作になった『無人島の公衆電話』という童話について知って頂きたいので、2014年斉藤さんを忍ぶ会でお話しした思い出の言葉をアップします。
斎藤さん さようなら
2014年11月
「斎藤さん、こんなに早くお別れの時がやってくるとは夢にも思っていませんでした。まだ現実を受け止められないままに、思い出を辿っています。何時も、首をちょっと捻る感じで、優しい笑顔とともに現れた斎藤さんの姿がくっきりと浮かびます。
斎藤さんには、修道大学の時代からですから、30年もの間、大変お世話になりました。先生としていろいろ教えて下さったこと、友人として一緒に楽しんだことなど、今になって改めて斎藤さんという存在の大きさを確かめています。
中でも、一番印象に残っているは、長田新先生が編んだ『原爆の子』を「自分自身の聖書だ」と位置付けていたことです。被爆者の平均年齢が80歳近い今、多くの被爆者は私たちより少し年上で、でも子どもとして被爆したのですが、その被爆者たちに斎藤さんは身を寄せて、彼ら/彼女等の立場に立って被爆体験を自らの人生に重ねようとしたのだと思っています。
被爆者の皆さんからの信頼は絶大なものがありました。特に私が市長に就任してから、なかなか時間が取れないこともあったのですが、被爆者の皆さんからのメッセージを良く伝え下さいましたね。もちろん、お叱りを受けたことも懐かしく思い出しています。
そんな斎藤さんですから、2004年の平和宣言の中アメリカを批判した「唯我独尊」という言葉について、安芸門徒の皆さんからの指摘を受けたとき、斎藤さんからは、物書きとしての基本姿勢を教わりました。
仏教的な解釈の他に、辞書には「世の中に自分ほど偉いものはないと己惚れること」という意味がありますし、仏教から離れても字面だけから判断するとそれが正しい意味です。だから、そのままでよい、というのが斎藤さん貴方の考え方でした。でも、最終的には、市長の判断だから任せると言ってくれました。
それを主張するのは正しいことなのですし、もう印刷されてしまっている平和宣言を式典の当日に口頭で修正すること等許されないだろうと、私は考えていました。しかし、平和宣言という市民の代弁としての文書の中で、しかも、この使い方には異議のある多くの人たちがいるにもかかわらず、間違ってはいないからという理由で訂正をしないことこそ、問題なのだと気付きました。深夜でした。そして8月6日には、「唯我独尊」は使わず、「自己中心主義」に改めて、平和宣言を読みました。
マスコミからの批判もあまりなく、ホッとしてから気付いたことがあります。それは、斎藤さんが「正しいことだから直すな」と言ったことの本当の意味です。あれは友情の言葉だったのです。
斎藤さんには、頑固で人の言うことを聞かない私の性格が良く分っていました。そして、変更をして欲しいという安芸門徒の声があるにもかかわらず、「唯我独尊」を使うかもしれないであろうことを危惧していたのです。訂正すればそれで問題はない、でも「唯我独尊」に拘って、それこそ「唯我独尊」で頑迷固陋な市長の判断に批判が集中した時に、斎藤さんは、「あれは自分の意見を採用したのだから、自分が受けて立つ」と引き取る積りで、訂正するなと言ってくれたのだということが良く分ったのです、
大変だったこともありましたが、でも今頭に浮かぶのは、楽しい思い出ばかりです。良くカラオケに御一緒しました。色々な歌を教えて貰いました。鈴木聖美の『熱くなれたら』--「熱くなれたらそれでいい」、という歌詞から、何度もエネルギーを貰いました。キム・ヨンジャの『暗夜航路』、これも良い歌です。「生きてゆくのが 下手だから」「淋しがりやで 惚れたがり」「苦労ひろって 港町」、斎藤さんの生き方でもあります。
でも一番嬉しかったのは、平和文化センターの仕事から解放され、『無人島の赤電話』がアンデルセンのメルヘン大賞に輝いたことです。斎藤さんの真骨頂がこの童話に凝縮されています。この作品の良さがもっともっと多くの皆さんに理解され、斎藤さんの偉大さも一緒に伝わることを祈っています。まだお読みでない方は、是非、読んでみて下さい。
斎藤さんにつながる赤電話が、どこかまだ知らないところにあるのかもしれません。出来れば、その電話で、これからの夢を話したい思いがあるのですが、やがて、再会するときには、最近はやりの歌なども一緒に歌えたらと思います。
斎藤さん、改めて友情に感謝します。気骨あるジャーナリストとして、物書きとして、広島市の平和行政の責任者として、被爆者に寄り添い、一人の良識ある人間として、これほど立派に生き、素晴らしい仕事を残してくれた友に、心から感謝しつつお別れの言葉を申し上げます。さようなら。」
斉藤さんの無人島の公衆電話は2010年のアンデルセンのメルヘン大賞に選ばれたのですが、とても良い話ですので、多くの方に読んで頂きたいと思っています。
アンデルセンで発行しているメルヘン文庫の中に収録されているのですが、残念なことに、『無人島の公衆電話』が掲載されている文庫の27冊目は既に絶版になっています。ネットで探しても見当たりませんので、できればアンデルセンにこの号だけでも復刻版を出して頂ければと願っています。
メルヘン大賞そしてメルヘン文庫については、2010年の「タウンNEWS広島平和大通り」ブログに掲載されていますので、そちらもお読みいただければ幸いです。
今年一年が皆様にとって良い年になりますよう、お祈り申し上げます。
[2026/1/13 人間イライザ]
[お願い]
文章の下の《広島ブログ》というバナーを一日一度クリックして下さい。
