「存立危機事態」も「武力攻撃事態」も「宣戦布告」につながる
――違憲性を少しでも薄めるために国会の出番があるのでは――

米英に対する宣戦布告の冒頭 (国立公文書館)
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高市総理の「存立危機事態」発言について、その意味を中国の長期的展望を探ることで理解しようとしているのですが、当然それは、日米の長期的な展望や作戦への対応としても意味があることです。
かつての米ソの対立がそうであったように、どちらが先どちらが後と言うよりは、双方向でお互いの隠された意図を読み取ろうと懸命になり、疑心暗鬼が定番になってどんどんエスカレートとして行ったように、日米対中国もお互いの真意を理解できないまま、事が進んでいるのかもしれません。
それを充分に理解しないままに、ただ単に高市総理のうっかり発言だとか、不用意な発言といったふうに片付けて、「存立危機事態」発言の収拾を図るのは間違いだというのが私の基本的な考え方なんですが、その前にもう一つとても大事なことに気が付きました。それは日本政府の好戦的な姿勢を一体誰が正して行くのか、そして今にも戦争を始めるような言動にストップを掛けるのかということです。
気付いた切っ掛けは、岡田克也議員と高市総理との予算委員会ですのやり取り全文を読んだことでした。有り難いことに、「伊賀 治 デマ撲滅ファクトチェック集」というサイトに、全文の書き起こしが掲載されています。関心のおありになる方は是非御一読を!
ビデオを見れば、ニュアンスも分り簡単に氷解するのかもしれませんが、議事録を読んだだけでは岡田議員がこの質問でどんなことを達成しようとしているのかが良く分りませんでした。数日考えてようやく気付いたのは、「存立危機事態」、そして岡田質問の中にもそれとほぼ同じ意味だとして言及されている「武力攻撃事態」の意味は、その事態になれば、日本政府が「宣戦布告」をして戦争を始められるのだということです。
憲法で戦争を放棄し、交戦権も認められていない我が国として、正式に「宣戦布告」等とは言えないのは勿論なのですが、しかし、何とか戦争を始めることに正当性を持たせておきたいという願いから、このような分り難いそして多くの国民の目が向かないような表現になってしまったのでしょう。
岡田質問は、そんな「宣戦布告」に相当するような行為は軽々しく行ってはいけないという警告だったとすると納得できます。そして、対米・英の宣戦布告から始まった先の大戦の教訓は今も生きているのですが、それに付いては中国の動きにも関係がありますので、その時に取り上げます。
閑話休題。そこでもう一歩先に進めて欲しかったのは、仮に日本が「宣戦布告」をするというような事態になったとき、その決定は、主権者ため国民に委ねられるべきだという点の確認です。国民主権の意味の確認なのですが、仮に全国民に問うことができないとするなら、国権の最高機関である国会が決定するのが筋でしょう。
「宣戦布告」を誰がなすべきかを議論すること自体、憲法の規定から大きくずれている主張なのですが、、そもそも安保法制そのものが憲法違反ですので (その理由は東京弁護士会のサイトで御覧下さい)、このような形で予算委員会で取り上げることさえ問題です。
とは言え、違憲行為が行われようとするときに、その違憲性をできるだけ小さくするような努力も必要だとも考えられます。その視点から、国会の役割を強調することはできたのではないでしょうか。
皆様にとって、きょう一日が素晴らしい24時間になりますよう!
[2025/12/3 人間イライザ]
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