靖国神社参拝はしないのに「存立危機事態」
――「損得勘定」を忘れてしまったから?――

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常識がどんどん無視される時代になっている、と今更嘆いても始まらないのですが、たまには愚痴くらい良いかな、とまで書いて、このブログでも結構頻繁に社会の様々な面について愚痴っていることに気付きました。とは言え、大切な点だと思いますので改めて問題提起をしておきたいと思います。
昨日取り上げた、暴力団から「暴力を控えろ」と注意されるに等しい発言をした高市総理ですが、そもそもそんな事態 (それこそ「存立危機事態」でしょう) になる事は常識で考えれば、 (ここで「常識」が出てきます) 、分ることだったのではないでしょうか、。
さて、ここで「常識」とは何を指すのかを説明しておきましょう。まず、事は国際関係です。そして国と国との関係は複雑ですので、できるだけ単純化して考えないとこんがらがって訳が分からなくなります。
単純化する上で役立つのが「損得勘定」です。我が国にとって損か得なのかで物事を判断することです。ここで、正しいかどうかを持ち出すと、こんがらがりますので、損得に基づく判断を最優先するのです。
トランプ大統領の理不尽な関税引き上げでも、「それは間違っている」という姿勢での交渉をした国はほとんどありません。「損か得か」で交渉に当ったのです。つまり、「損得勘定」は国際関係を処理する上で有効かつ現実的な手段なのです。
「損得」の中には、関税のようにお金に換算できるものが入るのは当然ですが、ちょっと納得は行かなくても相手国との間に不必要な摩擦を生むようなことはしない、ということも「常識」に入れておいて良いでしょう。これは国と国との関係だけではなく、普通の社会生活の中でもしばしば実行されている「知恵」でもあります。
さて、日中関係では高市総理もこのような「損得勘定」に基づく判断をしています。日本と中国との関係で、話題になる政治家の行動として象徴的なものの一つが靖国神社への参拝です。それも公的か私的かという点も問題になります。
私は靖国神社の持つ政治的な意味について、公的参拝こそ最優先されるべきと信じている人たちとは意見を異にしますが、そういった人たちでも、中国との摩擦を避けるために、例えば大臣になったり、総理大臣になったりすると、いわゆる公的参拝を控えるということをした人が多くいます。高市総理も同じです。総理になってからは靖国の公的参拝はしていません。中国との関係で「損得勘定」が働いている好例でしょう。
この判断は、「好き嫌い」とか「どれが正しい、どれが間違っている」というレベルとは違う、とにかく「打算」で、損か得かで決めるというドライで実利的なものです。
そのレベルの常識はあるのに、なぜ「存立危機事態」発言では、常識が働かなかったのでしょうか。神社への参拝という行為は、中国に対して積極的に軍事行動を仕掛けることではありません。それは、戦争行為を始める前提を具体的に示す行為とは大きくかけ離れた抽象的な行為です。
もう少し具体的に言えば、総理大臣が靖国神社に行くことで、直ちに戦争が始まる訳ではありませんし、戦争の準備をしているという意思表示でもありません。でも、「存立危機事態」とは、この線を越えたら戦争の準備どころか、「参戦する」という線引きの話です。少し誇張すると、いつ戦争が始まってもおかしくない状態になっているということです。「平時」にそこまで踏み込んでしまう必要があったのでしょうか。
その答えの一部としての疑問ですが、「存立危機事態」発言で、日本という国はどんな「得」をしたのでしょうか。私には分りません。そして、中国との間に「摩擦」を生じさせたという点で、大きな損をしています。
せっかく靖国参拝を思い留まって、「摩擦を回避」するという「損得勘定」をしたのですから、「存立危機」が頭に浮んだときに、ちょっとだけ想像力を膨らませて、靖国と比べて中国との摩擦を予測することはできなかったのでしょうか。そして、靖国派の皆さんの判断では、高市発言で、日本がどんな「得」をしたのでしょうか。
一国の総理大臣には、この程度の想像力がないと務まらないという事例として、後世はこの発言を記憶することになるのかもしれません。
逆に、靖国は我慢せずに参拝しておけば良かったのかもしれませんね。(これも損得という意味での「良かった」です)。中国側は反発したでしょうから、そこで注意するようになり、「存立危機事態」発言を回避することはできたかも知れないのですから。
皆様にとって、きょう一日が素晴らしい24時間になりますよう!
[2025/11/30 人間イライザ]
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