運命の背中
――「原爆一号」と呼ばれた吉川清さん――

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このポスターにあるように、12日の日曜日、「運命の背中2」の上映会がありました。元々の「運命の背中」は、2009年に作られています。その時も映画を見せて頂きましたが、今回新しいバージョンを見せて頂いて、新たな感慨を催すことになりました。
映画の主人公は、原爆一号と呼ばれた被爆者の吉川清 (きっかわきよし) さん御夫妻。奥様の名前は生美 (いきみ) さんです。
吉川清さんは、夜勤明けの朝、家の玄関を入る瞬間に背後から原爆の熱線を受けて、背中一面に火傷を負いました。後にケロイド化するのですが、その後、彼ははケロイドとともに1986年、75歳で亡くなるまで原爆の象徴として人間として、私たちの良きお手本として生き抜かれました。
吉川清さんが世界的に有名になったのは、アメリカの雑誌『ライフ』に背中の写真とともに取り上げられ、その時のキャプションが「ATOMIC BOMB VICTIM NO.1 KIKKAWA(原爆一号)」だったらです。
吉川さんは、外国から広島に来る進駐軍の兵隊たちにこの背中を見せながら、被爆体験を語り、そして土産物を販売して生活を続けていました。
彼の凄いところは、土産物屋を続けるだけではなく自分と同じ苦労を味わっている被爆者を訪ねて、辛酸を分かち合い手をつなぎ、被爆者の団体を作ったことです。それが後の被団協になるのです。また彼は、原水禁世界大会などの平和運動にも熱心に関わり、そして多くの仲間を作ります。同時に誹謗中傷の的にもなり、大変な苦労を続けられます。
映画にはその全てが盛り込まれているわけではないのですが、苦労の様子は良く分ります。
そもそもの映画のタイトルは、原爆によるケロイドだけではなく、馴れ初めにも関係しています。生美さんによると、お見合いの後、帰り際の清さんの背中に惚れて、結婚をすることを決めたとのことなのです。生美さんの気持、そして後には世界的に原爆の象徴となったその背中の運命の不思議さを映画では辿ろうとしています。
自主制作映画ですので、資金的には当然制限があります。その中でセットを作ったり、背景の画面を作るにあたって様々な工夫が凝らされています。それを味わうことで監督のTomkiさんの情熱を感じることができますし、吉川清・生美のお二人に対する深い愛も感じ取ることができます。
映画の中では、清さんが口ずさむ歌として取り上げられているのが「乾杯の歌」です。歌劇「椿姫」の物語をより広いコンテキストで解釈すると良いのかもしれませんが、この映画そのものの意味を通奏低音として私たちに伝えてくれている選曲が、この映画に深みと希望を与えてくれています。監督のTomokiさんの人間性に対する限りない信頼と未来への期待を表現してくれているように感じられました。
「運命の背中2」は被爆体験とその結果を伝えている映画ですけれども、全体として受ける感じは、人間が生きるとはどういうことなのか、その生を絶対否定する核兵器という存在をどう捉えれば良いのか、そしてその矛盾の中で生きて行く私たち人間そのものに対する応援歌だということでした。
そしてこの映画と同時に、ちくまぶっくすから刊行されている『原爆1号といわれて』をお読み頂けると、私たちの原爆理解がいっそう深まると思います。人類を滅亡させるような大きな力、それは絶対悪と言っても良いものですが、それが今でも存在し続けている背景には多くの矛盾が横たわっています。
その矛盾を自らの人生として生き抜いてきた吉川清さんの目を通して、私たちは改めてこの世の不条理さ、しかしながら、それでも生き続ける私たちそして未来の世代に対して、そして過去の世代に対しても、私たちが負っている責任を果さなくならないことをこの本は雄弁に物語ってくれているからです。
この映画をできればYouTubeでもっと拡散して貰いたい、そして英語版も作って頂きたいと、上映会場で監督のTomokiさんにお伝えすることができたことも報告させて頂きます。
皆様にとって、きょう一日が素晴らしい24時間になりますよう!
[2025/10/14 人間イライザ]
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