数学の効用
――英語のタイトルは「In Praise of Mathematics」です――

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数学を学ぶのは何故かという疑問は昔からありますが、それにこたえる意味でも、数学を学ぶと良いことがありますよというPRをして行きましょう。
良いことの一つ――数学は表現手段を広げます。
国語の時間に、俳句の勉強はつきものですが、ではなぜ俳句を勉強するのでしょうか?挑戦的に、そして反語的に一言加えると、「60になるまで、俳句は作ったことがないから俳句は勉強しなくて良い」という考え方はあり得るのでしょうか。
自ら作ったことがなくても、俳句の美しさは分る人が多いでしょうし、5-7-5という形式は日常的に使うでしょう。「美しい」、そして「日本の伝統」という理由もあるのですが、もう一つは私たちの表現手段を広げてくれるということです。
それは数学についても言えることです。表現手段を広げるとどんな良いことがあるのかと言うと、まずものを見る上での視野も広がります。視野が広がると、例えば原始時代であれば、(今でも例えば熊の被害の場合などに当てはまるかもしれませんが)、危険から身を避ける上でとても役立ちます。
そして、美しいものを見つける可能性も増えてきます。
さて、そこで数学が広げてくれる表現手段はどんなものなのでしょうか。皆さんも昔は数学の時間や算数の宿題等でこんな問題に付き合ったことがあるかもしれないというかなり陳腐な例を挙げます。
100円持って買い物に行きました。みかんとりんごを買って帰ってきたのですが、
お釣りは20円あります。りんごは1個50円だったのですが、それを1つ買いました。
あとみかんは2つ買ったのですが、1ついくらだったのか思い出せません。 (買い物
に行ったのはおそらく高齢者ですよね。) さて、みかんの値段はいくらでしょうか?
[文章による答] 答えは、使ったお金が80円で、そのうちの50円はりんごの値段です。後は30円使ったのですが、みかんを2つ買ったのですから、1つは15円ということになります。
それを方程式で表すと次のようなものになります。「x」はみかんの個数です。
2x+50 = 100 − 20
こう表すことができたからといってすぐ役立つわけではありませんが、「古池や蛙飛び込む水の音」も、すぐに何かの役に立つわけではありません。
先ほどの問題の答としては[文章による答]のように表現するのが標準的だと思いますが、別の枠組みの中で、別の言い方で表すということには、実は私たちが気付いていない真実に近付く上でのヒントが隠されているというメリットがあるのです。
別の枠組みが数学で、別の言い方が方程式です。
その方程式について大切な事の一つはこれが等式だという点です。つまり、何々がカニカニと同じだということを表現する手段ですが、この等式が大事なのは、人間社会で「同じ」という考え方がとても重要だからです。それを数学では等式という形式化された形で表現しているのですが、そのメリットについてはまた次回以降説明したいと思います。
皆様にとって、きょう一日が素晴らしい24時間になりますよう!
[2025/10/8 人間イライザ]
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