通訳として誇りに思ったスピーチ
――福富節男先生――

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同時通訳時代の記録をまとめて残していますが、今日は通訳ブースの中でとても誇りに思ったスピーチの報告です。
「ベ平連」という名前を記憶されている方は、もうすでに高齢者の方が多いと思いますが、そのべ平連のリーダーの一人、そしてべ平連と一緒に活動していた数学者のグループ、「ベト数懇」といいますが、正式には「ベトナム問題に関する数学者懇談会」の代表だった福富節男先生のスピーチです。2017年に98歳で亡くなられたのですが、1960年代に私も福富先生と一緒に活動していました。
その頃、べ平連主催の日米市民会議がサンケイホールで開かれました。そこで私は通訳として、福富先生のスピーチを訳しました。
福富先生とのお別れの会で私がそのときのことに触れていますので、その部分を引用します。
1960年代の後半、ベトナム戦争に反対する世界の若者の声が一つになって、世界的
に大きな変革が起きるのではないかとの期待を、私たちの世代も共有していまし
た。そんな中で、開かれたべ平連主催の日米市民会議での福富先生の発言が今でも
耳に残っています。
場所はサンケイホールだったと思いますが、その会議の中で、福富先生はベト数懇
の報告をされました。それは世界の数学者を代表しての報告でもありました。アメ
リカの数学者スメールからのメッセージもあったはずなのですが、それ以上に力の
入っていたのは、日本の数学界の重鎮、彌永昌吉先生の言葉を引用しながら、日本
の数学者たちが真理を追究する学徒として、また人間としての責任を果しているこ
とをベト数懇の活動など具体的な事例を挙げながら、報告して下さったことです。
福富先生の声には、数学者たちの熱い心がしっかりと乗り移っていましたし、福富
先生がその数学者たちの一員であることを如何に誇りに思っているのかが会場に伝
わったのではないかと思います。
そして、私もその一員であることを誇りに思いつつ先生の言葉を訳していました。福富先生について、お別れの会でのその他の思い出もお読み頂ければ幸いです。
「通訳」からは逸脱してしまいますが、福富先生の関連で、2年前から活動している「数学人の集い」についての説明中、福富先生に触れています。こちらもお読み頂けると幸いです。
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皆様にとって、きょう一日が素晴らしい24時間になりますよう!
[2025/9/21 人間イライザ]
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