ヒロシマの心を世界に [春宵十話]

核のない平和な未来を創るために

子どもを殺すな! ――人類最優先の原理に――

子どもを殺すな!

――人類最優先の原理に――

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《声を挙げ続けよう》

ウクライナ、そしてガザで多くの無辜の人々が亡くなっています。痛ましい限りです。特に子どもたちが被弾して亡くなったり食べるものがなくて餓死したりしている現実には掛ける言葉さえ見つかりません。

世界的には圧倒的に多数の人たちが同じような思いを持っているのだと思いますが、残念ながらその声が、戦争推進者に伝わっていません。戦争を続け無辜の人々を虐殺している当事者、独裁者たちを説得するに至っていないことがとても残念です。

しかし、私たちは声を上げ続け、仲間同士の絆を強め、それが為政者たちに少しでも届くよう努力を続けなくてはなりません。そのためには今私たちの挙げている声が、今日明日の内にこの人たちに届かなくても、絶望にとらわれることなく希望を見出しつつ声を出し続けなくてはなりません。止めてしまえば、声は「絶対に」届かなくなるからです。

ディストピア

反面、独裁者たちは何をしているのかと言えば、トランプやネタニエフに代表される言動は、「トランプにノーベル平和賞を」と言う形で、あたかも自分たちが平和のために活動しているかのような虚像をでっち上げようと必死に動いています。

そのことを、オーウェルの『1984年』を下敷きにしつつ批判しているコラムがありました。レイナルド・スピナレッタ氏が「ワールドクランチ」という媒体に書いた記事です。これがニューヨーク・タイムズに取り上げられ日本ではスマートニュースで配信されています。翻訳をしたのは的場智之さんとガリレオさんの2人です。

この記事の中でスピナレッタ氏が糾弾しているのは、まずはノーベル平和賞そのものです。平和という名前はついているけれども、これまでにも内実は平和ではなく、その正反対の政治的存在だった人たち、例えばキッシンジャー元米国務長官や元のイスラエル首相のベーギン氏が受けた賞だということを指摘しています。ネタニヤフ首相がトランプ大統領ノーベル平和賞に推薦していることも痛烈に批判しています。もしこれが実現したとすると、ノーベル平和賞そのものの権威が失意する決定的な事実になると主張しています。

ノーベル平和賞

確かにノーベル平和賞は完璧ではありません。ガンジーノーベル平和賞を授賞しなかったこと、それも本当に理屈にならないほどのひどい理由で授賞しなかったのですが、それだけをとってもこの賞に問題のある事は明らかです。同時にノーベル平和賞の意義もあります。トゥーンベリーさんやジミー・カーター氏への授賞は評価できると思いますので、私はスピナレッタさんに100%賛成しているわけではありません。

しかしながら、このような形で今私たちが、おそらく大多数の私たちが抱いているフラストレーションをはっきりと形にして表現してくれた功績は大きいと思っています。そして、彼の記事の中には、とても大きな希望の種がありました。その種を私たちが共有することで、さらに大きな力を作れるのではないかと思います。

《希望の種》

「希望の種」とは、彼の記事の冒頭に述べられているアイディアです。引用します。

   筆者である私はここに、ためらうことなく断言する。中東紛争のかなりの部分、
   特にガザ紛争を解決に導く一つの方法として、イスラエルのビンヤミン・ネタニ
   ヤフ首相は、パレスチナの子どもたちのための保育園を建設すべきであると。場
   所はガザでも、イスラエルの中でも、(事実上の首都である)テルアビブ自体で
   もいい。国家の指導者であり、全世界の分別ある人々から大量殺りく者と非難さ
   れている彼は、子どもたちの食事を用意し、新生児のおむつを替える仕事を担う
   べきだ。

   生き延びたパレスチナの子どもたちの部屋を掃除し、ベッドメイクをするネタニ 
   ヤフ氏の姿は、愛情深く甲斐甲斐しい父親のように映るだろう。もしかしたら、
   こうした奉仕活動のなかで、彼は、パレスチナの子どもたちに対する考えを改め
   るかもしれない。神からも、世界の高尚な「民主主義者」たちからも見放されか
   に見えるパレスチナの子どもたちは、生まれながらの(あるいは受精した瞬間か
   らの?)テロリストではないのかもしれない、と。

ここに描かれている解決策は、実現可能性とは別の次元で、問題の本質を捉えています。子どもを殺すなという命題は、国家も宗教もその他の価値観も超えて誰でも共有できる、おそらく人類共通のそして人類が最優先すべき強力な価値観です。この点をもっともっと私たちが強調することで、より大きなエネルギーを集めて、トランプやネトニエフ、そして(ガザから視野を広げて考えると)プーチンに対しての圧力を大きくできるかもしれません。

《子どもを殺すな》

実はこの点については、もう20年も前から機会のある毎に、問題提起をしてきました。例えば2005年の平和宣言でこの点を特に強調しています。以下引用します。

   その主旋律は、「こんな思いを、他(ほか)の誰(だれ)にもさせてはならない」とい
   う被爆者の声であり、宗教や法律が揃(そろ)って説く「汝(なんじ)殺すなかれ」で
   す。未来世代への責務として、私たちはこの真理を、なかんずく「子どもを殺す
   なかれ」を、国家や宗教を超える人類最優先の公理として確立する必要がありま
   す。9年前の国際司法裁判所の勧告的意見はそのための大切な一歩です。また主
   権国家の意思として、この真理を永久に採用した日本国憲法は、21世紀の世界を
   導く道標(みちしるべ)です。

もう一つ大切な点は、子どたちの声は小さく弱いということです。私たち大人がその子どもたちの代弁者となって、彼ら彼女らをの命を救う責任があるのです。それは人類全体に与えられた大変大きな責任であることを、今回のこのスピナレッタ氏の記事が改めて指摘してくれています。

そして、2005年の平和宣言ももう一度お読み下さい。

 

皆様にとって、きょう一日が素晴らしい24時間になりますよう!

[2025/9/9     人間イライザ]

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