平和記念式典への招待基準を作らせなかった

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今年の平和記念式典では、広島・長崎ともに全ての在京の大使館や国の代表に招待状 (広島は案内と言ってるそうですが) を送ったようで、招待基準を作ると言明していた広島も長崎も基準は作らなかったようです。
それはそれで良いのですが、昨年と比べて、なぜこのような正反対の対応をしたのかについて、責任ある説明はどちらの市からもありませんでした。
この事は、国会議員時代約10年の期間ですが、官僚が過ちを犯しても、それを認めることは絶対にない、そして訂正を行ってもそれを公表することもないという形で、何度も経験してきましたので、今回も同じように官僚としての官僚機構の一歯車としての広島市・長崎市の対応ではこうなるということなのだと思います。
しかし、私たちが後世に伝えるべきことは、広島市・長崎市の誤った対応に対して市民からのきちんとした発信があり、その結果として、両市とも過ちは認めてはいませんけれども、訂正をしたという事実です。
そもそも在外公館の代表を式典に招待することは、私が市長時代に始めました。なぜこのようなことを行ったのかに理由があります。それも全く顧みずに、いきなり政治的な意図を平和記念式典への招待者を差別するという変更を行ったのですから、これは許されることではありません。
改めて特に広島市の対応について、一つ一つ問題点を挙げながら、なぜ招待基準を作ってはいけないのか、昨年のブログで何回かに分けて丁寧に説明をしました。その要旨を文章にして広島市にも原水禁から申し入れを行っています。
その経緯を今回は、昨年のブログを見て頂きながら振り返っておきたいと思います。
まず、このブログの姉妹ブログである「新・ヒロシマの心を世界に」に、いのちとうとしさんが寄稿した申し入れについてお読み下さい。
出発点として、「ヒロシマ」が世界とどう向き合うのかについての基本的認識を確認しておきましょう。それは、こちらを御覧下さい。そこで、「基本命題」を確認しているのですが、簡単なことなので、再度掲載します。
結論として、アメリカ人 (そして敢て付け加えますが、どこの国の人であっても) 広島
に来ることには大きな意味があるのです。きちんと勉強をしてから来てくれた方がそ
の効果はより大きくなると思いますが、それも含めて、どのような条件も一切付けず
に「広島に来て下さい」と、誰にでも自信を持って勧めるべきだと、敢て言い切りた
いと思います。
それに加えて、第二回はこちらです。
第三回目はこちら。
#式典から排除 の #基準は何ですか? ――#誰の基準か #何が目的か―― : ヒロシマの心を世界に
第四回目はこちら。
#排除ではなく #説得を ――#式典まで待つのではなく #行動を―― : ヒロシマの心を世界に
以上、私の言い分は伝わったでしょうか。
皆様にとって、きょう一日が素晴らしい24時間になりますよう!
[2025/8/12 人間イライザ]
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