#日本の伝統 は #17条の憲法 から #続いている?
――#教育勅語 と #五カ条の御誓文 となると #17条憲法も――
#聖徳太子
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最高裁の判決について、様々な問題点を指摘していますが、その根っこには教育勅語のあることを明らかにしようとしています。
大切なのは、それだけが問題なのではなく、より広い文脈で新憲法が守られない理由を理解することです。となると、五カ条の御誓文も視野に入ってきます。その理由は追って説明しますが、となると当然、17条の憲法ということになますね。
今日はチョッと寄り道をしたいと思います。半分は呆れながら半分は冷静に、そして少しユーモアを加えてこの稿をお読み頂ければ幸いです。
最近、17条の憲法を読んだという方は少ないと思いますが、今日改めて読んでみました。その中で、思わず笑ってしまった条文を御披露します。第5条です。
役人たちは飲み食いの貪りをやめ、物質的な欲をすてて、人民の訴訟を明白に裁かなければならない。人民のなす訴えは、一日に千軒にも及ぶほど多くあるものである。一日でさえそうであるのに、まして一年なり二年なりと、年を重ねてゆくならば、その数は測り知れないほど多くなる。このごろのありさまを見ると、訴訟を取り扱う役人たちは私利私欲を図るのがあたりまえとなって、賄賂を取って当事者の言い分をきいて、裁きをつけてしまう。だから財産のある人の訴えは、石を水の中に入れるようにたやすく目的を達成し、反対に貧乏な人の訴えは、水を石に投げかけるように、とても聴き入れられない。こういうわけであるから、貧乏人は何をたよりにしてよいのか、さっぱりわからなくなってしまう。こんなことでは、君に使える官たる者の道が欠けてくるのである。
「役人」を「政治家」に読み替えると、昨今の我が国の政治報道そのままではありませんか。ということは、我が国の政治は、17条憲法の時代から今まで、1400年以上も変らずに、同じような腐敗が続いている、ということなのでしょうか。
人間の本質は変わらない、そして理想を求める姿勢も変わらない、だから----、ということにしてしまっても良いのですが、皆さんはどんな感想を持たれたでしょうか。
2024年も健康に留意しつつ、少しでも良い年にすべく頑張りましょう。
[2024/3/10 人間イライザ]
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