#定説でも #憲法99条 は #法的義務 ではない
――#法の支配 は #空文化 されているのでは?――
#三つの学説 が #分り易く #解説されています
ブログ激励のために、上のバナーをクリックして下さい
前回、皮肉交じりに批判したのは、「国家の公権力を行使する者」が、法律の厳しい監視の目に晒されているどころか、超法規的存在として扱われている事実です。私たちが社会や政治を考える上での大前提としての枠組みである「法の支配」から大きく逸脱しているのですが、それに対する批判がほとんどないことも問題です。
それは、わが国を覆う空気のような雰囲気として、「お上」とか、「偉いさん」、「先生」という範疇に入る人たちが特別扱いをされる価値観のあることなのではないかと思います。そんな特別扱いを「当たり前」と考えるのならまだ救いはあると思うのですが、それ以前の「given」として、空気と同じように何も考えずにその中で生活し、何の違和感も持たずに、それを前提として物事を考えてしまっているのではないでしょうか。
その典型的な例として、憲法99条の「憲法遵守義務」が法的義務ではないという、裁判所の確定判決を挙げましたが、今回は、憲法の専門家たちの間でも、「憲法遵守義務」は法的義務ではないことになっているという空恐ろしい事実を報告します。
詳しくは『数学書として憲法を読む――前広島市長の憲法・天皇論――』の第六章をお読み頂きたいのですが、ここでは簡単に要点だけを挙げておきます。
表紙の写真を最初にお示ししましたが、星野安三郎・小林孝輔著の『口語憲法(追補版)』の308ページから310ページの要約です。以下『星野』と略しますが、そこでは、99条の法的性質についての三つの学説を紹介しています。
- 一つは、「法的義務ではなく道徳的要請」であるというものです。
- 二つ目は、「積極的に憲法を尊重擁護する作為については道徳的義務ないし政治的義務に過ぎないが、最小限憲法破壊は行わないという不作為義務は法的義務とする」。
- 三つ目は、「抵抗権が実定法に制度化されているという前提に立ち、違憲の立法、司法、行政に対しそれぞれの公務員は抵抗し、あるいは違憲の職務命令に対し抵抗すべき職責の義務規定が99条であるとする。当該義務は、最高法規たる憲法を根拠とし直接法的効力を有するから、法律レベルでこの趣旨は覆せないとする」
どれを取っても、素直に「憲法遵守義務」が法的義務だ、とは言ってないのです。それどころか、何とか理屈を付けて、「法的義務ではない」ことを正当化しているようにさえ読めてしまうのですが、これは私だけの思い込みでしょうか。
この三説についての批判は、ここでは割愛しますが、(3)については、「モリ・カケ・サクラ」事件での公権力行使者による改竄との関連は見過ごす訳には行きませんし、この三説の致命的欠陥の一つである、「天皇の憲法遵守義務」との関連も私たちが考えなくてはならない重要な点です。
[続きます]
2024年も健康に留意しつつ、少しでも良い年にすべく頑張りましょう。
[2024/3/2 人間イライザ]
[お願い]
文章の下の《広島ブログ》というバナーを一日一度クリックして下さい。


