ヒロシマの心を世界に [春宵十話]

核のない平和な未来を創るために

#被爆地広島出身の総理大臣 #メッキが剥げた ――#G7広島サミット では #利用するだけ利用 したのに――

#被爆地広島出身の総理大臣 #メッキが剥げた

――#G7広島サミット では #利用するだけ利用 したのに――

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草葉の陰から聞こえてくる声

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大きな地震があると必ず思い出すことがあります。被爆者の皆さんの言葉と行動です。1995年1月17日の阪神淡路大震災の時も、2011年3月11日の東日本大震災の時もそうでした。

「あの時と同じだ。とても他人事とは思えない」

平均年齢が85歳を超えた被爆者が今、被災地に駆け付けるのは無理ですが、阪神淡路の時は、居ても立ってもいられずに被災地まで駆け付けてボランティアとして頑張った被爆者がいたのです。

9日付の東京新聞によると、5日には、与野党党首会談で「党首クラスの被災地入りを当面自粛」するという申し合せたそうですが、それを覆しての被災地入りです。

要人の被災地入りには、警護を初め多くの人が関わることになりますから、そのことだけからも自粛をするという選択はあり得るのですが、「ヒロシマ」の立場からは違った思いも生まれます。

昨年5月のG7広島サミットでは、「被爆地広島出身の総理大臣」を売りに、あたかも被爆者が核兵器を容認し、「ヒロシマ」が核抑止論を推進しているかのような印象操作を行ったのが岸田総理です。

被爆地広島出身の総理大臣」の意味は、被爆者の気持になり切り被爆者の代弁者として、形振り構わず核廃絶のために頑張る、ということではなく、その正反対だったのです。すなわち、「被爆地広島出身の総理大臣」とは、軍拡と核兵器容認を覆い隠す隠れ蓑であり、何も知らない人には平和を希求しているかの如く思い込ませる甘言蜜語であることは既に昨年5月に露呈されてしまっていたのです。

そして今年は、被爆者の気持を少しでも理解していれば、「居ても立っても居られない」思いを伝えるための行動を取っていたであろうにもかかわらず、今度は「自粛」の陰に隠れ、それでも被災地の惨状の余りの酷さに対して政府の無策を嘆く世論が強くなり、さすがに被災地訪問をせざるを得なくなった、という官僚主導の筋書きが手に取るように見えます。

まずは本腰を入れた被災者の救護と被災地の復旧に当ること、そして、メッキの剥がれたことが再確認されたのですから、今後、「被爆地広島出身の総理大臣」という肩書は使うべきではないでしょう。そんな厳しい思いが、草葉の陰から伝わってくるような気がするのですが、それは私にだけ聞こえる声なのでしょうか。

2024年のこれからも心配ですが、健康に留意しつつ、少しでも良い年にすべく頑張りましょう。

 [2024/1/12 人間イライザ]

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