加藤友三郎の人となり
――政治家としての本質も――
加藤友三郎 (Public Domain)
http://www.lib.utexas.edu/photodraw/portraits/index.html
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広島「出身」の岸田総理が誕生した時に、広島市出身の初の総理大臣加藤友三郎についての記事を書きました。日本海海戦では東郷平八郎司令官の下、参謀長としてロシアのバルチック艦隊を破ったことや、4つの内閣で海軍大臣を務めたこと、また1921年のワシントン軍縮会議では、米英日の海軍力の比を5:5:3に抑えて、日本のみならず世界の軍縮の流れを作ったこと等が大きな功績として語られています。
『海軍大将 加藤友三郎と軍縮時代』(以下、『海軍』と略します)の著者である工藤美知尋・日本ウェルネススポーツ大学教授は、「あと数年友三郎の命がもってくれれば、太平洋戦争は避けられたのではないだろうか。」とまで評価しています。
その友三郎は、ワシントンの会議に当って、それまでは大日本帝国の仮想敵国であったアメリカとの関係を抜本的に変える上で、「加藤伝言」と呼ばれる貴重な文書を残しています。1921年12月27日、条約についての協議が終った後、当時の井出謙治海軍次官宛に、堀悌吉中佐に筆記させたものです。その中の主要部分を『海軍』から引用します。
「どうしても主義として米案に反対することは能はずと決心するに至れり。
先般の欧州大戦後、主として政治方面の国防論は、世界を通して同様なるが如し。
即ち国防は、軍人の専有物に非ず。 戦争も、軍人のみにして為し得べきものに在らず。 国家総動員して之に当たるに非ざれば目的を達し難し。
平たく言えば、金がなければ戦争ができぬと言うことなり。戦後露西亜と独逸が斯様に成りし結果、日本と戦争の起こる probability のあるは米国のみなり。
仮に軍備は米国に拮抗するの力ありと仮定するも、日露戦争後の時の如き小額の金では戦争は出来ず。然らば其の金は何処より之を得べしやといふに、米国以外に日本の外償に応じ得る国は見当たらず。而して其の米国が敵であるとすれば、此の途は塞がるるが故に、日本は自力にて軍備を造り出さざるべからず。此の覚悟のなき限り、戦争は出来ず。英仏は在りと雖も当てには成らず。 斯く論ずれば結論として、日米戦争は不可能といふことになる。 余は米国の提案に対して、主義として賛成せざるべからずと考えたり。」
世界の趨勢を見極め、国防とは軍人の専有物ではないこと、戦争をするのにはお金が必要だという分り易い視点から軍縮する意味を説いています。日本が戦争するためには外国に借金しなくては資金が調達できそうもない、しかし、貸してくれるだけの余力があるのはアメリカしかいない。そのアメリカとは戦争はできないだろう、そして、アメリカの金を借りないと戦争のできない日本がそのアメリカと戦争をしても、経済の面から勝ち目はないだろうという論理的帰結も見えて来る突っ込んだ主張をしています。
言わずもがななのですが、日本の国会に諮ったり世論に問い掛けたりする前にアメリカに行って、結局増税するしか手がないことは誰にでも分る軍事費の倍増を約束してくるような総理大臣に、爪の垢でも煎じて飲ませたいと思うのは私だけでしょうか。
そして皆さんにとって、今日一日が素晴らしい24時間でありますよう!
[2023/7/6 人間イライザ]
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