ヒロシマの心を世界に [春宵十話]

核のない平和な未来を創るために

 大江健三郎さん ――「先生」なのですが、それ以上の存在でした――

[追悼] 大江健三郎

――「先生」なのですが、それ以上の存在でした――

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大江健三郎さんが亡くなられました。心から御冥福をお祈り申し上げます。

ヒロシマ」を考える上でのかけがえのない「先生」でした。でも、それだけでは言い尽くせない大きな存在でした。平和や憲法について考え行動する上で、最後には大江さんがいてくれる――それだけで私には安心感が生まれていたからです。

1963年に出版された『ヒロシマ・ノート』が出発点でした。その年に、大江さんも私も初めて広島を訪れたのです。

1987年7月には、国際パブロフ学会の特別平和シンポジウムでの基調講演をお願いしました。一日かけて、大江さんの他にも素晴らしいパネリストの方々に御参加頂き、広島で開かれた平和シンポジウムの中でも誇るに足る内容だったと愚考しています。その一日の様子は三友社出版の『人間の心ヒロシマの心』として、まとめられています。

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そして、私が大江さんから頂いた最後の言葉は、『数学書として憲法を読む――前広島市長の憲法天皇論――』をお贈りしたお礼にと頂いた『大江健三郎 自選短篇』の1ページ目に記されていました。

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それからもう4年近く経ったのですが、私の憲法論も少しずつ成長しています。87年のシンポジウムの時のように、心おきなく憲法についての話をしてみたかった――。

私たちにとって、大江さんは大きな「時代精神」のシンボルでした。大江さんが亡くなられたことと、今まさにその「時代」が終焉を迎えつつあるように見えることとは、偶然とは言えないのかもしれません。

 

最後に今日一日、皆さんにとって、素晴らしい24時間でありますよう!

 [2022/3/14 イライザ]

 

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