――機能不全に陥っている日本の政治・岸田内閣 (4)――
コロナに感染して、オンラインで公務を続けてきた岸田総理が8月31日に記者会見を開きました。その中で、大きな違和感を持ったのは、突然「国葬儀」という言葉が現れたからです。「エッ! 「国葬」ではなかったの?」 と思ったのは私だけではないでしょう。
その疑問に答えてくれたのが、毎日新聞論説室の野口武則さんでした。毎日オンラインの今日の記事「衆院法制局VS内閣法制局 国葬が問う「国のかたち」」で、その疑問に答えてくれただけでなく、国葬でも国葬儀でも、名前に関わらず執り行ってはいけないことを分り易く説明してくれています。
そのURLを貼り付けますが、有料サイトですので全部読めないかもしれません。でも、一月約1000円ですし、この記事を読むだけでもそれだけの価値がありました。
https://mainichi.jp/articles/20220829/k00/00m/010/080000c?cx_fm=mailyu
野口さんの記事を簡単にまとめると衆議院法制局と内閣法制局との間には、国葬についての考え方の違いがあるというのです。衆議院は国会の一部です。その国会は、憲法41条によれば「国権の最高機関」であり、かつ43条には「国民を代表する」という規定もあります。
対して内閣の法制局は、内閣の一部ですから、総理大臣の意向に従うのが組織のあり方だと考えても、真実からは遠くないでしょう。と言うより、近年、内閣の憲法違反行為を正当化する姿は、「内閣詭弁局」と名称変更した方が良いのではないかと思えるくらいです。(お断り。この内閣法制局の性格付けは私個人だけの意見です。野口さんはこんな言葉は使っていません。)
野口さんの解説では、内閣法制局がまとめた「憲法関係答弁例集(天皇・基本的人権・統治機構等関係)」(2017年)には「国葬とは、国の意思により、国費をもって、国の事務として行う葬儀をいう」との記述があり、国葬が満たすべき三つの要件が示されています。衆議院法制局は、これを受けて、「国の意思」とは何を指すのかについてこれまでの法の解釈に基づいて「意思決定過程に国会(与党及び野党)が『関与』することが求められる」との結論を得ています。
それに対する内閣法制局の反論が、「首相側から相談を受けたのは『国葬儀』の法的問題についてであり、答弁例集に書いてある『国葬』について議論したものではない」のだそうです。
つまり、これまでの基準や解釈、また内閣の恣意的な運用を避けるために、それらをより厳密にしようとする努力は関係ない。なぜならば、それは「国葬」についての基準や解釈であって、自分たちが論じているのはそれとは違う「国葬儀」についてだからというのです。
「だから内閣の決定に文句を言うな」と続くのだろうと思いますが、内閣法制局と雖も、さすがにそこまでは明言していないようです。
しかしながら、主権者、つまり私たちに奉仕する立場にいる内閣法制局が、憲法15条に定められた「全体の奉仕者」という義務を忘れて、こんなに人を馬鹿にした主張をしているとは、皆さん夢にも思わなかったのではないでしょうか。
それ以前の問題として、衆議院の法制局と内閣の法制局との考え方がこれほど極端に違っているのですから、「国葬」あるいは「国葬儀」を執り行う主体としての「国」が一つにまとまってはいないことが明らかになったのです。
この事実一つを取っただけで、「国葬」も「国葬儀」も葬り去られなくてはならないことがはっきりしたのではないでしょうか。野口さんの記事をお読み頂ければ、皆さんも私に賛同して下さると思います。
台風11号が心配です。それについては、このブログの2018年7月9日に始めて、7月28日まで、計18回のシリーズとしてアップした「防衛省を防災省に」とまとめた一連の記事を御覧下さい。最後の記事はこちらです。
コロナについてもまだまだ油断はできません。そして、医療関係者や行政の皆様等、現場で頑張って下さっている皆様に心からの感謝を捧げます。さらに、私たち自身、感染しないよう努力しましょう。
それでは今日一日が、皆さんにとって素晴らしい24時間でありますよう。
[2022/9/1 イライザ]
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