涙の記憶
――「声に出しては読めない」言葉――
まずは、Yahoo!ニュースJapanの4月20日配信をお読み下さい。(短縮しています)
テレビ朝日の松尾由美子アナウンサーが4月19日放送の報道番組「スーパーJチャンネル」内でウクライナ情勢を報じていた最中、感情が激して涙したそうです。
松尾アナは番組内で、ロシアのウラジミール・プーチン大統領が自国部隊に「親衛隊」の名誉称号を授けたニュースを報道。この部隊はブチャを含むウクライナ・キーウ近郊で400人以上の殺害に関与したとされているものの、プーチン大統領は疑惑を否定しただけでなく、「偉大な英雄的行為を祝福し、特別軍事作戦の手本となる存在」だと称賛したといいます。
一連のニュースを読み上げた後、ウクライナの都市マリウポリにある製鉄所に多くの市民がまだ残っていることを伝えたところで、声を突然詰まらせて一時沈黙。顔を手でぬぐって先を続けようとしましたが、たどたどしい涙声となってしまったため、「さっきの授与のニュースが悔しい思いで(涙ながらに)読んでしまいました」と、自身が読んだニュースで感情が激してしまったと視聴者に謝罪。「冷静さを保ちます」と自分に言い聞かせ、番組を進行させていました。
松尾アナウンサーの気持は良く分ります。私の尊敬する「師」が、彼女と同じ気持で、1963年の、マルティン・ルーサー・キング牧師のワシントン演説を読んでいるからです。画家、作家の安野光雅先生です。(安野先生には、「友人」としてお付き合い頂きましたが、私にとってはやはり先生筋なのです。詳細はまたの機会に。)
童話者から刊行されている『天は人の上に人をつくらず』の中で、安野先生は1963年8月28日に、ワシントンでキング牧師が訴えた演説について、次のように述べています。
わたしは、この言葉を声にして読むことができない。読もうとすると、いつも声がふるえてしまうのだ。
そして安野先生は、福沢諭吉の『学問のすすめ』の中の言葉「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らずと言えり」については、「この言葉を聞くと、涙が出そうになる」のです。
私も同じような気持でこのお二人の言葉を受け止めていました。広島市の成人式の記念品として、若い世代の人たちに是非同じ感動を味わって貰いたいと考え、この本を贈ることにしたのもそれ故です。
実は最近、私も同じような経験をしました。このブログの4月1日に小島繁美さんの中国新聞への投書を掲げさせて頂きました。再度掲載します。
(2005年) 8月5日付の朝日新聞に載った安佐北区の小島繁美さんの投書はその一例です。小島さんに希望を与えたのは兄妹の会話です。
「昭和20年の8月7日の昼下がり、広島市・宇品港の岸壁近くの砂地でいつ出るともあてのない島まわりの船を待っていた。---中略---
ふと気がつくと、近くの草むらで人声がした。きょうだいらしい二人。妹は13歳前後。兄は2、3歳年長か、着衣はボロボロでかなりの重症と見えた。妹は外傷が無いようで、自らの身体で日陰をつくって兄を気遣い、話しかけていた。
『お兄ちゃん、帰ったら母さんに「おはぎ」を作ってもらおうね』。---中略---最高にぜいたくで幻の食べ物だった「おはぎ」という言葉に、現実に戻され、希望を与えられた。」
この短い文章からは、小島さんが希望を見付ける心の動きと共に、兄妹の気持まで伝わってきます。お兄ちゃんはおはぎが好物だったのでしょう。それを良く知っている妹は、頼りにしているお兄ちゃんに、元気になって貰いたくて、そのお兄ちゃんと一緒に家に帰りたくて、おはぎの話をしたのではないでしょうか。船を待つわずかな間、おはぎのイメージが、小島さんだけではなくこの兄妹にも大きな希望を与えたであろうことは疑う余地もありません。家に無事辿り着いたことを小島さんと共に今でも祈っています。
このことを、今月初めに取材を受けた朝日新聞の長富記者に話したのですが、途中で声にならなくなってしまいました。老化現象も加わっていたのだと思いますが、御本人に身を寄せることで、他人事とは思えなくなるからなのではないかと思います。核保有国の首脳たちにも、「もし核兵器を使ったら」という状況でそう感じて欲しい事柄です。
[2022/4/26 イライザ]
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