切明千枝子さんと小倉桂子さん
――イタリアのテレビ局がヒロシマを取材――
雨に祟られた26日の平和公園と打って変わって、27日は爽やかな日曜日になりました。平和公園の桜も五分から7分咲きくらいで、家族連れそして資料館を見学する人も多い一日になりました。
イタリアのNHKに相当するようなテレビ局、The RAI National TV、の取材で、記者のPio Demiliaさんが平和公園を訪れました。午前中は資料館の取材、そして午後からはお二人の「スーパー・ウーマン」、切明千枝子さんと小倉桂子さんのお話を丁寧に取材してくれました。
切明さんは15歳で、小倉さんは8歳で被爆したのですが、お二人とも大変お元気で、お二人より若い私が圧倒されてしまうほどで、思わず「健康法は?」と聞いてしまいました。
Demiliaさんと切明さん
切明さんは、学徒動員されタバコ工場で働いていました。一日中立ちっ放しで仕事をしていたため8月6日には足の痛みが酷く、朝2時間の休みを貰い外科医の診察を受けるために、市内の中心部に向っていました。
暑い日だったので、途中で汗を拭おうと、倉庫のような建物の軒下に入った途端に、目の前に太陽が落ちたような強い光を感じ、すぐに爆風も届いて地面に叩き付けられて気を失ったそうです。
気が付いた後で切明さんがどのような体験をなさったのか、その後の77年間どんな思いで生きて来られたのか、是非、切明さん御自身の言葉を読んで下さい。例えば、『切明千枝子 ヒロシマを生き抜いて』(ノーモア・被爆者継承センター広島 連絡先はh.conveyrelay@gmail.com)は、切明さんのお話を文字起こしして詳しい注も付けた冊子です。
それ以上に、切明さん御自身の語るビデオを見て頂きたいと思います。YouTubeで検索すればいくつかのビデオが出てきますので、試して見て頂きたいのですが、その内の一つ、2020年の6月18日に収録されたビデオのサイトを御紹介しておきます。広島県原水禁の金子哲夫代表委員の紹介文をまず掲載します。
現在90歳となる切明千枝子(きりあけちえこ)さんの被爆体験を広島県原爆資料館の会議室で、被爆証言を聞かせていただきました。(2020年6月18日収録)
被爆時の話のみならず、15歳だった当時の疑問や考えなど、はっきりとした口調で、声を震わせながら、時にはにかみながら、お話ししてくれました。 話しをしていると、当時のことがフラッシュバックしてしまい、苦しくなる… それでも、こんな悲惨な思いはもう二度と誰にもしてほしくない、という思いを伝えてくれました。
後半には、番外編として、聞き手の質問に答える形で、広島の被服支廠に対する思いを語る姿を収録しています。 聞き手:金子哲夫(原水禁広島代表委員)
News Paper 2020.8 No.865 インタビュー【被爆証言 8月6日広島は地獄に変わった 切明千枝子さん】にてお話を聞かせていただいた内容は以下の通りです。被爆証言をお話しいただいた後に、質問をさせていただき、インタビュー記事としてまとめました。
◇ 証言活動をはじめたきっかけ
◆ 若い人たちに思うこと
◇ 当時、戦争に対して違和感を持ったこと
◆ 今の日本に思うこと
以下ビデオを御覧下さい。
小倉桂子さんについては明日、アップさせて頂きます。
[2022/3/28 イライザ]
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