私たちが政治家やオピニオン・リーダーと呼ばれる人たちに期待していることの一つには、自分では分っていてもいざ言葉にしようとするとそこで行き詰ってしまうような事柄について、スパッと分り易い言葉で、解決の方法を示してくれることがあります。あるいは自分でもあちらこちらで言い続けてきたことを、「これは自分が言ってきた事そのままではないか」という感じで、その上説得力がさらに大きくなった形で公にしてくれることも、その一つなのではないかと思います。
良く考えてみるとこれは、「政治家やオピニオン・リーダー」だけに期待していることではありません。若い世代の人たちにも同じような期待を持っていますし、加えて、自分たちの世代には考えもしなかったような視点が付け加わっていると、「驚き」や「爽快さ」とともに、次世代への信頼が大きく増してくるように思います。
実は最近そんな経験をしました。『週刊金曜日』の5月24日号、「論争」欄に掲載されていた「ヒロシマを発信して行く広島の役割」が期待に沿った内容でした。県職員の菅島章文さんの問題提起ですが、広島県・市がこのような姿勢で仕事をし、議会もそれを応援するという体制があれば、広島が日本一の地域として評価され続けても不思議ではなかったと思います。加えて、かつては「原爆記者」に代表される良識ある報道が特徴だった広島のマスコミが、その心意気を失わずにいてくれたら――、と無い物ねだりになってしまいましたが、まだまだ希望を捨ててはいけません。菅島さんと同じ気持ちの若い世代のリーダーたちが必ず立ち上がってくれることを信じています。
これ以上の多言は必要ではありません。『週刊金曜日』の当該ページをお読み下さい。
[2019/6/28 イライザ]
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心打たれる文章ですね。
投稿:
ココロ |
2019年6月28日 (金) 14時39分
「ココロ」様
コメント有り難う御座いました。
「文は人なり」と言われる所以ですね。
投稿:
イライザ |
2019年6月28日 (金) 16時03分
『月刊金曜日』から購読していながら、大いに恥じ入る次第です。
タイトルは読みましたがスルーしてしまいました。
言い訳しますれば、
同人雑誌的な面が多分にあるため(がため目減りの一途[E:#x1F622])、
「論争」「投書」欄も、そうだ!そうだ!!そのとおり!!!
の内容が多いので、つい...。
飛んで火に入る...的タイトルですと、ん!?→[E:#x1F440]となるのですが。
にしても投稿された方、これだけでも相当の勇気がいったことと
思います。
投稿:
硬い心 |
2019年6月28日 (金) 17時28分
「硬い心」様
コメント有り難う御座いました。
おっしゃるように、自分の意見を思う通りに公表することに勇気が必要な時代になりつつあります。もうなっているのかもしれません。だからこそ、勇気を持って発言することがより一層大切なのだと思います。
投稿:
イライザ |
2019年6月28日 (金) 17時42分
読んでいて胸が熱くなる気がしました。無料から有料、しかも50円とか200円とか…そこで単純計算される収支とは比較にならない大きなものを失ってしまうことに何故気付かないのでしょうか。
きわめて表面的な価値観に基づいて換算された金銭的な数値ばかりが必要以上に重視され、理念や理想といった換算不可能なものは「無かったもの」「無価値なもの」にされてしまう。そんな極端に振り切れてしまったバランスの振り子を、なんとかまともなものに戻したいものです。
投稿:
うみねこ |
2019年6月28日 (金) 21時22分
「うみねこ」様
コメント有り難う御座いました。
おっしゃるように、心と心をつなぐための仕組み作りが理解されていない現状を変えなくてはなりませんね。
難しい理由の一つは、「反対のための反対」といった、「ネガティブな心」同士を結び付けて権力を動かすメカニズムが生きていることかもしれません。それに対する有効な対抗手段が、菅島さんの勇気ある投稿であり、それに応えるこのような皆さんのコメントなのだと思います。
投稿:
イライザ |
2019年6月28日 (金) 21時38分