ヒロシマの心を世界に [春宵十話]

核のない平和な未来を創るために

習いごとは柔道 ――同じお題で書きましょう――

小学5年生の頃、柔道を習っていました。当時は、柔道も剣道も義務教育では一切教えてはいけない時代でしたので、高校でも恐らく柔道部や剣道部はあったにしろ小規模だったはずです。ですから習いに行っていたのは「町道場」です。

柔道を習っていることは秘密にしていましたが、珍しかったからだと思います。新聞の取材があったり、『小学6年生』という雑誌に載ったりしました。

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『小学6年生』のページから

そもそも柔道を習おうと思ったのは、ガキ大将の腕力に勝つためでした。もろに喧嘩をすれば負けることが分かっていましたので、理不尽な言い分を我慢していたのですが、喧嘩をしても勝てるような準備をしてから宣戦布告をする積りでした。そして、その目標は達成できました。6年になってから、授業の始る前の校庭での相撲で、ガキ大将を簡単に投げ飛ばしてしまったからです。

相撲が強くなったのは意外でしたが、それからは市内の各地にあるお祭りのたびに、ガキ大将も含めて私も入った5人のチームで、「子ども相撲大会」荒らしに出掛けていました。結構強かったので、八百長をする必要はなかったのですが、一度、試しにやってみようということで、豪華賞品の出る「5人抜き」の試合に、一人知らない子を負かした後、私たちの仲間が連続で4人負けて、「5人抜き」を達成したことがあります。

それからすぐ学校では鉄棒が流行り始めて、相撲は放り出してしまいました。さらに、中学に入ると友だちが皆サッカー部に入るというので柔道は止めてサッカーに明け暮れるようになりました。それも、強いチームでしたので、そのまま高校から大学と続けていれば、今頃は―――などと、東京オリンピックの頃はチームメートと昔話に耽ったものでした。

 [2019/6/20 イライザ]

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コメント

参加ありがとうございます。

わぁ、一目見て先生と判りますね。しかし
よくのけておられましたね。

「⑦パパ」様

コメント有り難う御座いました。

何でも取っておく癖が付いているのですが、悲しいことに、本当に必要なものを探しても見付からない時が良くあります。