小樽のにしん御殿
――石狩挽歌の歌碑もありました――
小樽で行って良かったと思ったのは、「にしん御殿」でした。小樽市街から15分も掛からない海辺の高台にある豪邸です。
その豪邸は、にしん大尽だった青山家の別邸でしたが、その後公に公開され、「貴賓館」という施設も併設されて、現在では小樽市の観光スポットとして多くの人に愛されています。まずは表門です。
門を入るとすぐ左に「石狩挽歌記念碑」があります。歌碑の下には歌詞が刻まれていますが、その中で「オタモイ岬のニシン御殿も 今じゃさびれて オンボロロ」が耳に焼き付いています。
歌碑の除幕式には、作詞のなかにし礼さん、作曲の浜圭介さん、そして歌手の北原ミレイさんが駆け付けてとても盛り上がった様子が覗われます。
「にしん御殿」そのものの中に入るためには、まず貴賓館に入ります。入ってすぐ気付いたのは、大広間を圧する天井画です。一人の画家ではなく、多くの市民も参加して一枚ずつ描いた成果のようです。
にしん御殿そのものの歴史も感動的でした。貴賓館のホームページでは次のように説明しています。
青山家は明治・大正を通じ、鰊漁で巨万の富を築き上げました。その三代目、政恵が十七歳の時、山形県酒田市にある本間邸に魅せられ大正六年から六年半余りの歳月をかけ建てた別荘が旧青山別邸です。
旧青山別邸は平成22年、国より登録有形文化財に指定されました。
約1500坪の敷地内に木造2階建てで建坪は190坪。家屋の中は6畳~15畳の部屋が18室、それぞれに趣が異なり、金に糸目をつけず建てられた豪邸です
御殿の中は撮影禁止ですので、雰囲気を知って頂くため、貴賓館のホームページから、画像をお借りしました。
私が鰊を初めて認識したのは、戦後の配給で「身欠き鰊」と呼ばれる魚が届いて、食糧難の頃、大変貴重な動物性たんぱく質の供給源になった時です。ですから、私にとって鰊は食べ物なのですが、年間一万石、トン数では7500トンにも上った鰊のかなりの部分は、大きな鍋で煮上げて、「鰊粕」に仕上げられ、肥料として全国的に使われていたようです。
この豪邸の総工費は現在の価格では35億円にも上ると言われ、江戸時代以降の様々な美術品も見事でした。
あまりにも多くの美術品があるからかもしれませんが、中には陽に曝されているものもあり、ちょっと心配もしましたが、御殿の裏のアジサイの見事さに心が奪われた状態でにしん御殿を後にしました。
[2018/8/22 イライザ]
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