――「疎水」に沿って蹴上の発電所まで――
ゴールデン・ウイークの前、未だ混んでいないはずの京都に行ってきました。でも、八坂神社や円山公園、祇園の辺りは猛混雑、一つ用事を済ませて人込みから脱出しました。行き先は南禅寺です。
南禅寺には方丈庭園や如心庭、六道庭もあり襖絵も豪華で魅力に満ちたお寺なのですが、中でも私が好きなのは三門です。「三門」とは、「三解脱(さんげだつ)門」の略で、「三解脱」とは「空」「無相」「無作」の三つだそうですが、説明は略します。門の姿そのものも好きですし、階段を上って楼上から見る京都の景色も正に「絶景」です。という訳で、「人込みを避ける」ために南禅寺に行くというのは口実で、実は京都で時間があると自然に南禅寺に足が向いています。
その理由の一つは「疎水」です。南禅寺の境内には、ローマ時代の水路を思わせるアーチ形の橋脚、「水路閣」があります。
様々な角度から見ると美しさが良く分ります。
この疎水は、琵琶湖から京都まで水を引き、発電をして市電を走らせたり、水道用水や防火用水として使われてきています。南禅寺の近くの蹴上に発電所と疎水公園があり、そこから分水された流れは南禅寺の脇を通って、京大近くの哲学の道の流れになり、堀川に至っています。疎水の流れもきれいです。
疎水公園には、設計者・推進者・市電の創設者であった田辺朔朗博士の像があります。説明文には、疎水の通水時に、田辺博士は若干28歳だったと書かれています。21歳でこの仕事に携わり、アメリカなど海外の視察も行ったのですが、江戸時代から、我が国には治水の高い技術があったとは言え、この若さで欧米と肩を並べる偉業を達成した田辺博士には完全に脱帽です。
南禅寺シリーズは続きます。
[2018/4/25イライザ]
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