断捨離? 終活?
――「ほかす」という言葉もありました――
物がない時代に育ったからだと自分では言い訳に使っているのですが、とにかく物を捨てることに罪悪感まで持ってしまう世代です。これも世代のせいではなく、ただ単に私がそうなのかもしれませんが、数千冊 (数万冊かもしれません)
ある本の中には不要なものも多いはずです。いやかなりの数は不要なのです。でも、なかなか捨てるだけの決心が付かなかったのです。
理由は沢山あります。その証拠に、いざ捨てるとなると、「いやこれは、あの件について、この雑誌に書くときに使えそうだから取っておこう」といった理由が必ず浮んで来るのです。そしてそれが何回か続くと、「これは、取っておくことに決めたあの本に関係しているから読んだら面白いかもしれない」になり、「買った時には良い本だと思ったのだから暇ができたら、少なくとも何ページかは読んでみないと」といった具合に、捨ててはいけない理由はどんどん増えるのです。結局、「これ以上、選別を続けても捨てる本はあまり出て来そうもないから次の機会にしよう」ということになって、整理は頓挫する――こんなことを繰り返してきました。
こんな風に物事を先送りすることを表すのに、私にとって一番ピッタリ来る言葉は英語の「procrastination」です。片仮名に移すと「プロクラスティネーション」ですが、「プロウ、 クラスティ、ネーション」といった感じで繰り返してみて下さい。先送りする気持良さが音として感じられませんか?
「断捨離」とか「終活」という言葉が流行り、多くなり過ぎた所有物を整理しようという「国民的」なプレッシャーが生れたのも、逆効果でした。天邪鬼だからという理由もあるのですが、それ以前に言葉への違和感が大き過ぎました。特に「断捨離」という漢字も表現も頂けません。とても自分の価値観として採用したくない種類の表現です。それに、「終活」よりは「就活」をしたいと考えている日々なのに、「就活」より「終活」を優先する気にもなれませんでした。
それが、3月に入るや否や気持が切り替わりました。「整理整頓」に気持が動いたのです。先ずは書斎の一角を占めていた新聞・雑誌類、ニュースレター類に手を着けることからスイスイ仕事が運びました。その成果は、6個の「ゴミ袋」です。
紙類ですので米袋一杯にしてしまうと重くてとても持てません。半分くらいしか入れませんでしたが、それでも結構重くて、ゴミ処理場に運ぶのは一苦労でした。
でもなぜ、捨てる気持になったのか種明かしをしなくてはフェアではありません。一つには、一年以上前に御紹介した「多作多捨」がようやく身に着いてきたからなのだと思います。それには、「⑦パパ」さんや「Dr.でぶ+ブログ」さんの俳句道場等での活躍に刺激されたことも大きいと思っています。
もう一つ理由があるのですが、それは、「断捨離」や「終活」を使わなくても、「ほかす」という京都弁を頭に描いてゴミ袋に投げ込めば良いということに気付いたからです。「もったいない」という気持が胸の底の方にあるのを無理に捻じ伏せて捨てるのではなく、お公家さんが優雅に蹴鞠で遊んでいるかのような雰囲気で要らなくなったものを「ほかす」図は、絵になるような気がしたのですが―――。「自己陶酔」の誹りを免れないかもしれませんが、それでも、一生読むことのないであろう紙類を処分する方が大切だという気もしています。
[2018/3/2イライザ]
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あ~ビックリした。「断捨離」で自分の名前が出て来るなんてw
我が家も「ほかす物」ばかりです。いつかしなくてはいけないと
は思っているのですが(汗)
投稿: ⑦パパ | 2018年3月 9日 (金) 10時52分
ご紹介下さりありがとうございます!
活躍だなんて・・・そんな。
オイラは乱高下の激しい株式市場みたいなもんですから(笑)
投稿: Dr.でぶ | 2018年3月 9日 (金) 11時32分
「⑦パパ」様、「Dr.でぶ」様
コメント有り難う御座いました。
ブロガー仲間の皆さんの俳句を楽しく読ませて頂いています。それに、お二人とも俳句の才能をお持ちなんだと感心しています。これからも、楽しみにしています。
投稿: イライザ | 2018年3月 9日 (金) 16時17分