――ICANのノーベル平和賞受賞を機に――
「-核兵器禁止条約と日本の役割-」をテーマとする今年3回目の「2017原水禁学校」が開催されました。今回の講師は、秋葉忠利広島県原水禁代表委員です。
秋葉さんは、最初に「四国電力伊方原発3号機(愛媛県伊方町)の運転差し止めを求める仮処分」について広島高裁が「運転差し止め」を決定したことを「勇気ある決定」と評価したうえで、しかし、日本の司法が、とりわけ最高裁判所が、その役割を放棄していることを厳しく指摘しながら、主題である「今年の歴史的意味を持つ核兵器禁止条約成立」についての講義に移りました。
まず1986年のレイキャビックでの米ソ両国首脳会談で「世界が核廃絶に近づいたとき」があった歴史に触れるとともに、「核兵器禁止条約成立」に至る経過の中で、世界の世論が国連に反映されたことを紹介。さらに、すでにこのブログでも何回か指摘されている「核兵器禁止条約の締結の意味」を提起。特に強調されたのは、「条約の批准が進めば、いま核保有国や依存国が、反対の態度を示しているが、これらの国々が批准するのも時間の問題である」と、核兵器廃絶への展望が持てるという指摘です。
そして、これまでの国連や有志国連合、世界法廷プロジェクトに代表される市民の運動が果たした役割を歴史の流れの中で分析。特に、ニュージーランドのロンギ首相の言葉「もしニュージーランドのような国が核兵器に対してノーと言えないのならば、どのような国が核兵器に対してノーと言えるのか。もしニュージーランドのような国が核抑止論なくしては安全であり得ないとするならば、どのような国がそれなくして安全であり得るのか。」の紹介は強く印象に残った。
次のテーマは日本政府の立場。昨日このブログで1945年8月10日の日本政府の抗議文は紹介されているのでここでは省略しますが、次に秋葉さんが紹介されたのが1963年12月7日に出された原爆裁判と言われる下田裁判の判決。判決では、原告の損害賠償請求は棄却したものの「アメリカ軍による広島・長崎への原爆投下は国際法に違反する」と指摘しています。ところが、この裁判で示された「被告としての日本の言い分」は、秋葉さんのレジュメによると次のとおりです。以下秋葉さんのレジュメを引用。
p 被告としての日本政府の言い分
「原子爆弾使用の問題を、交戦国として抗議をするという立場を離れてこれを客観的に眺めると、原子兵器の使用が国際法上なお未だ違法であると断定されていないことに鑑み、にわかにこれを違法と断定できないとの見解」
p さらに「その当時原子兵器使用の規制について実定国際法が存在しなかったことは当然であるし、また現在においてもこれに関する国際的合意は成立していない」という理由で原爆使用の違法性を否定。
p またハーグ陸戦法規などの諸条約は原子兵器を対象とするものではないので無関係だという立場。
p 「敵国の戦闘継続の源泉である経済力を破壊することとまた敵国民の間に敗北主義を醸成せしめることも、敵国の屈服を早めるために効果があり」、広島・長崎への原爆投下も日本の屈服を早めて交戦国双方の人命殺傷を防止する効果を生んだと主張。
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