赤と青の手袋・歴史編
――自然発生的に進化しました――
小さい頃から、選挙の度に候補者たちが白い手袋をすることに違和感を持っていました。それは多くの政治家が汚いことをしているという漠然とした認識と一体になっていたのだと思います。ある時ハタと気付いたのは、その日頃の汚い手を選挙の時だけ隠して有権者を騙すための白い手袋なのだ、ということでした。
でも自分で選挙に出る積りはありませんでしたので、抽象的なレベルでの解釈に止まっていましたしそれで問題はありませんでした。
ところが1990年、衆議院選挙に立候補し選挙戦が始まってから、寒い時期でもあり、当然手袋が必要になりました。どんな手袋をすべきなのかとなると、白い手袋についての拒否反応がありましたので、自分で使うためには勿論「白い手袋では駄目」なのです。これは考えるまでもない「結論」でした。
どんな色が良いのか、長く秘書役を務めてくれたK氏と手袋屋に行って選挙用に相応しいものを探しました。どれも、帯に短く襷に長しでかなり迷いましたが、どうしてもこれにしたいという一色に絞れず、色調と明度の良かった、赤と青の手袋を一ダースずつくらい買って事務所に戻りました。
事務所のスタッフにも相談したのですが、甲論乙駁で結論が出ない中、昔、息子の通っていたアメリカの小学校で、ちぐはぐの手袋をして学校に行くのが流行っていたことを思い出しました。そうだ、赤と青、ちぐはぐの手袋の方が目立つ、と気付いて街宣車に乗るウグイス嬢も手を振るスタッフも全員赤と青、ちぐはぐの手袋をするように統一しました。
確かに目立つ色でしたし、選挙でちぐはぐの手袋をしている人などいませんでしたので、珍しがられました。それだけではなく、選挙スタッフも含めて多くの人から、「赤」と「青」の手袋の意味は何なのかを聞かれるようになりました。
動脈と静脈、男と女といった二項対立を赤と青で表すことは良く行われていますので、古い政治を捨てて新しい政治を創るとか、男性と女性が平等にバランスの取れた社会貢献をすることで未来が開ける、といった説明をすることになり、街角も含めて色々な場所で演説をするときに、赤と青の対比を使ってポイントを強調することになりました。
その結果、素晴らしいことがいくつも起きました。まず、小学生くらいの子どもたちが珍しがって真似をしてくれるようになりました。赤と青の手袋をして手を振ってくれる子どもたちがあちこちに現れたのです。
政治的に関心のある人は勿論、政治的な関心はあまりないと言いながら、「何でそんな手袋をしているのか」と尋ねてくれる人も出てきました。選挙運動中に個人的に話をする機会はそう多くはないのですが、スタッフとしては大歓迎です。その会話が元になって、街頭演説を聞いて貰うことになったりチラシを受け取って貰えるようになったりという人が増えました。
そんな選挙を何回か繰り返すうちに、赤と青は私のトレードマークになりました。市長選挙の時も、赤と青の手袋が活躍しました。
2007年の市長選挙です
選挙になると多くの候補者が「候補者カラー」を決めて、スタッフのジャンパーの色を統一したりしています。それも効果的なのですが、前回も説明したように、「赤」と「青」という複数の色を選んだことで、「多様性」のアピールができました。自然な形で「独裁政治」や「排除」「差別」には与しない姿勢を発信することになったのです。こんな素晴らしい副産物ができたのは、これまで意識的に人類の歴史を内面化しようと努力をしてきたからなのかもしれません。
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