広島市入りした非核・平和行進
被爆72周年原水禁世界大会が主催する非核・平和行進は7月27日に福山市に到着して広島県入りしたが、8月2日は午前、午後を通して坂町役場を出発して、安芸区役所を経て府中町役場前まで歩き一応広島市入り。明日は南区の大洲から出発となる。
朝10時半安芸郡坂町役場前で出発式。坂町の副町長をはじめ職員の皆さんから励ましていただく。
夏の空はあの日と同じように暑い。
最初の休憩は矢野西の道路のガード下。
元気を出して出発。
自衛隊海田旅団玄関を左側に見ながら行進を続ける。
安芸区船越に入る。もうすぐ安芸区役所。右に見える建物が安芸区民文化センター。
13時、午後の出発に際して安芸区役所前で区役所の区長の激励の挨拶を受ける。
府中町役場に到着。府中町長、町議会副議長からねぎらいの挨拶を受けて行進が終了。
記念撮影する行進団の参加者。この若者たちは福山市の市役所の労働組合青年部のみなさん。聞けば28歳以下の組合員を対象にして行進団に参加しているそうで毎年続いている。炎天下坂町から府中町まで行進後いち早く元気を取り戻せるのも若者なればこそ。
府中町役場の駐車場のツバキの実。この町の町花はツバキだ。
今日の行進は、安芸郡の坂町→芸区矢野→安芸郡海田町、安芸区船越→安芸郡府中町の行政区を通過した。それぞれの行政区に被爆体験の歴史がある。写真の海田町の原爆被害者会の体験記によると
爆心地からの最短距離6.2km。
8月6日午前10時頃より翌日頃まで仁保町、船越町を経て、徒歩およびトラックで避難してくるものが後を絶たなかったが、その姿は何れも火傷、裂傷にちまみれとなり惨たんたるものであった。」(斎木トヨコ氏)
同町内の収容所名、海田市国民学校他4か所で9月5~20日まで開かれていたなど。
会長の桧垣益人さんは広島県被団協の事務局長として理事長の森瀧市郎さんを支えた方。白いワイシャツとネクタイをきちんと締めて少し甲高い声で被爆者援護法の必要性を訴えてこられたお姿が若い私の胸に印象深く残っている。私は船越町生まれなので隣町に住む桧垣さんに尊敬の念を強くした思い出がある。
それらのことに思いをはせながらの坂町から府中町まで行進した一日だった。
2017年8月3日
社会福祉法人安芸の郷 理事長 遊川和良
[お願い]
この文章の下にある《広島ブログ》というバナーを一日一度クリックして下さい。













