カープ 原爆ドーム保存のため1億円寄付―世界遺産登録20周年―
一昨日(21日)広島東洋カープが、「長年応援してくれた市民に少しでも恩返ししたい」と総額5億円を広島市に寄付したと発表しました。そのうち1億円については、「原爆ドームの保存」に使用するように望んでいるとのことです。私にとっては、大げさではなくカープの優勝と同じくらいのうれしいニュースです。今年は、原爆ドームが世界遺産に登録されて20周年という節目の年ですので、より大きな意義があると思います。
実は、今日(23日)午後3時から広島国際会議場と原爆ドーム前を会場にして、核兵器廃絶広島平和連絡会議(連合広島など12団体)の主催する「原爆ドーム世界遺産登録20周年記念行事」が開催されます。
記念行事は、原田浩(元資料館館長)さんの記念講演や若者たちのメッセージを中心とする「記念フォーラム」と原爆ドームへの献花、献水などによる「平和アピール行動」が行われます。世界遺産登録は、20年前の1996年12月7日に実現しましたが、会場の都合により今日の開催となりました。広島県原水禁も実行団体の一つとして、この記念行事に参加します。
20周年を迎えた改めて、「原爆ドーム」のユネスコ世界遺産登録を実現させた大きな力は、多くの市民や県民が一体となって取り組んだ国会請願の署名活動だったことを思い起こします。当時を振り返ると、1993年6月「原爆ドーム世界遺産を進める会」が結成され、わずか4か月で100万人を超え、10月の国会への請願提出時には134万5700人、そして最終的には165万人の署名が集まり、その力が国会や政府を動かし、世界遺産登録への道を切り開きました。特に、それまで世界遺産登録申請のネックとなっていた「文化財指定基準」(当時もっとも新しいものでも明治中期以前)を変更させたことにより、1995年6月27日「原爆ドーム」が史跡指定され、国内条件が整ったのです。この署名活動がなければ、世界遺産登録へ道はもっと遠いのもとなっていたと思います。
原爆ドームは、この世界遺産登録だけでなく、幾度か行われた保存工事における市民カンパにもみられるように、市民の力によって守られてきました。多くの市民が原爆ドームに求めてきたことは、「建築物としての文化的評価」ではなく、「原爆ドーム」に刻まれた被爆者の慟哭、死者たちへの鎮魂と追悼そして被爆の実相を世界の人々に伝え、核兵器を世界のだれにも使用させてはならないという警鐘鳴らし続け、一日も早い核兵器の廃絶を実現させることです。
そのため世界遺産登録された原爆ドームをただ単に「守る」ということにとどまらず、それを保護すべき「バッファゾーン」(緩衝地帯)を平和公園など幅広く設定し、「原爆ドーム」がその役割を果たせるよう良好な環境を保全することとしています。
しかし、原爆ドームとそのバッファゾーンをめぐっては、この20年間マンション建設問題などいくつかの課題が、惹起してきました。最近では、「かき船」移転や「オリヅルタワー」などに対して、市民や被爆者の間から、疑問の声が上がるなど、「世界遺産原爆ドーム」の世界的価値をどう守り継承するのかが問われることになっています。「原爆ドームの価値」を未来の世代にきちんと引き継ぐために、世界遺産登録20周年を迎えた今、原爆ドームを保護すべき広島市や国が、市民とともに改めて考えることが求められているといえます。「かき船」問題には、私も深く関わっていますが、この問題についてはまた機会を改めて触れたいと思います。
今月18日から始まった「ひろしまドリミネーション2016」でも、今年初めて「原爆ドーム」が20年前同時に世界遺産登録された「厳島神社」と共に登場しています。一度行ってみてください。
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