モルロアでの仏核実験から50年
フランスがポリネシアで核実験を始めてからちょうど50年目になる2016年7月2日に、タヒチで行われた、記念集会の背景については7月9日に、簡単に報告しました。
いまだに信じられないのは、あのゴーギャンを生んだフランスが、この美しい海や島で、193回もの核実験を行ったという事実です。
近くのモーレア島を背景にヨガのグループ
モーレア島
また、同じように理解できないのは、『レ・ミゼラブル』の生みの親ビクトル・ユーゴ―の母国フランスが、核実験の結果大きな被害を受けた核実験場の労働者、そして1200キロも離れたところにあるタヒチにさえ降った放射性降下物の被害者についての調査も行わず、おざなりの法律を作っただけで責任を回避していることです。
しかし、翻って考えて見ると、このような国家の姿勢はフランスに限られている訳ではありません。我が日本でも足尾銅山、水俣、福島を挙げるだけでも、国家権力ならびにそれと一体の存在である企業等が自然と人間を破壊してきた事実の大きさに愕然とします。
何もしないフランス政府に対しては、タヒチのNGO、キリスト教会、そしてヨーロッパの専門家等市民社会の組織や個人が協力して実験被害者についての調査を行い、その結果を『モルロアと私たち』という報告書として、1997年に発表しています。
この調査結果を元に、フランス政府に核実験被害の事実を認めさせ、被害者への医療と補償を提供させることを目的とした同名の新たなグループ『モルロアと私たち』が結成され、精力的に活動を行ってきました。
その結果、2010年に「仏核実験被害者の認知と補償に関する法律」(モラン法)が成立、フランス政府は初めて被害の存在を認めました。しかし、施行6年経った今でも、1043件の補償申請に対して、補償が認められたのはわずか20人、うちポリネシア人は7人にとどまっています。
この状態にしびれを切らしたのが、キリスト教の若い神父や牧師等、宗教指導者たちでした。3年前に核実験の回数193を組織の名称に取り入れた「193の会」を結成、核被害者の確認、核被害者への医療提供、補償を含む核被害者の権利回復を目的とした運動を続けています。
今回の記念集会の主催団体の一つとしても中心的な役割を担っていますが、集会に先立って、約2週間かけてタヒチ全島を巡る行進を行い、夜は地域で集会を開いてきました。この活動の目玉になっているのが、署名運動です。フランス政府が核実験についての公的調査を行うこと、医療や補償を含む人権回復を行うこと等を要求しまた、このような声を正確に聞くための住民投票を行えという署名です。
7月2日までに有権者の4分の1に当る4万5000筆の署名が集まり、集会で報告されると大きな拍手が沸き起こりました。まだまだ道は遠いのですが、具体的に手を付けられることも考えられます。それは次回に。
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