同じお題で書きましょう 「卵焼き」
2016年7月2日は、フランスが仏領ポリネシアで第一回の核実験をしてから丁度50年目に当たります。その後、1996年までの30年間に全部で193回の核実験をこの地域で行っています。しかも、1963年には、部分核停条約として知られる条約で大気中の核実験はしないという世界的合意ができたにもかかわらず、フランスは1974年まで大気中の核実験を続けました。
核爆発による死の灰や放射線を帯びた様々な下降物、また大気中の微量粒子等による被曝は勿論なのですが、核実験のためには、大規模な準備とその後の後始末が必要になります。被曝の危険は当然あります。それに駆り出されたのが現地の人たちです。「安全だから」と騙されて何の安全対策もないままに被曝した人の数は5000人以上いると言われています。
フランスの核実験による被害者、その家族、そして子どもや孫たちは、適正な医療の提供、さらには生活の支援、そして人権侵害に対する責任のを取って人権の回復、そして補償等をすること求めて闘ってきましたが、第一回の核実験から50年を迎える、7月2日には、さらなる運動強化のための大規模な集会を開きました。
広島の被爆者や市民、そして日本原水禁そして心ある活動家や市民は長い間、ポリネシアの人たちの戦いを支援してきているのですが、それについてはさらに詳しく触れることにして、今回は、この集会出席のために滞在したタヒチでの日常について一つ二つ報告しておきたいと思います。
タヒチの人たちはとても穏やかで礼儀正しく、街は笑顔に満ちています。約一週間滞在しましたが、私たち一行4人の意見が一致したのは、この間、ただの一度も嫌な思いや、マナーが今一といった経験はしていないということでした。(冷静に考えると一二度ありました。でもそれは、タヒチの人ではなく、みな外国人でした。)
そのタヒチの丘にこんなポスターが掲げてありました。
タヒチの友人に何のポスターかと聞くと、「もっと笑顔を増やそう」というキャンペーンなのだそうです。、恐らく世界中で一番、こんなキャンベーンが不必要な場所での運動だと思いますし、そのポスターが如何に不必要かを記録に残しておきたいと思いました。何枚か写真を撮りながらやはり笑ってしまいましたので、その限りにおいてはキャンペーンの効果はあったことになります。
もう一つは朝食です。実は1995年にもフランスの核実験反対のための、今回より大きな集会がありタヒチを訪問しているのですが、その時のホテルは電話もレストランもなく、じめじめした部屋だったことだけを覚えています。朝食は近くの食料品店で買いためておいて食べていたような記憶があります。
今回は、朝食だけは出してくれるレストランがあり、コンチネンタル・ブレックファーストが食べられました。ジュース、ヨーグルト、ゆで卵、クロワッサンそしてコーヒー、果物、とこれだけあれば十分なのですが、「サプライズ」のサービスがありました。
「気が向くと」としか考えられないのですが、キッチンらしきところからふくよかな女性が現れて、「卵焼きはどう」と声を掛けてくれるのです。一緒に行った3人のうち二人はその卵焼きを食べることができたらしいのですが、私に声が掛かったのは、いつもゆで卵を食べた後でした。「おいしかった」という卵焼きを、次回はぜひ食べてみたいと、次のタヒチ行きを楽しみにしています。
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