ヒロシマの心を世界に [春宵十話]

核のない平和な未来を創るために

ドイツの若者のボランティアと小田実さんと


ドイツの若者のボランティアと小田実さんと

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森の工房やのの朝の会。左の青いTシャツの若者はドイツから来たボランティア。皆さんの様子をジーッと見守る。昨年9月に来日してから半年以上たっているので利用者の支援も、ふれあいも充実してきている。

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盆とうろの竹を拭く作業を利用者と一緒に行う。名前はマークスさん。21歳だ。社会福祉法人安芸の郷では20139月から毎年ドイツの若者のボランティアを受け入れている。受け入れる事業所は知的障害者が通所する森の工房やのと森の工房みみずくで、一定の期間を順次回っていく方法で、利用者の支援と、ともに働くことを日々行っている。(2枚とも74日撮影)

ことの発端は利用者の家族から、ドイツ人の友達がいてその方からドイツの若者のボランティアの受け入れ先を探しているのだが、安芸の郷でもできないかとの情報が寄せられ、201212月に話だけでもとお会いしたのが始まり。

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翌年3月に安芸の郷にドイツからオイゲン・アイヒホルン教授とスタッフの方々がお見えになり受け入れの要請と意義の説明を受けた(写真はパンフレットの表紙)。ドイツの徴兵制を良心的懲役拒否した若者を2001年から日本で受け入れていること。20117月に徴兵制が廃止されたこと。派遣団体は2007年よりボランティア活動の専門性を備えたドイツの国際青少年社会奉仕会(IJGD)と連携してこのプロジェクトがさらに強固なものになったこと。対象者の年齢は18歳から27歳で事業所の職員と同じ作業を同じ労働時間内で行うこと。などであった。

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パンフレットの一番最後に、日本の受入団体の独日平和フォーラムは1987年に故小田実さんの提唱によって設立されたことが記されていた。結果的に法人内で検討して20139月から男性1名を受け入れることで始まり今日までに3名を受け入れている。派遣された彼らは毎年2月に約1週間広島市に集まり市長への表敬訪問と講義を受け、第二次世界大戦とその結果-特に広島・長崎の原子爆弾投下-の取り組み。さらにこれを出発点として平和政策上のコンセプトについて。福島問題、原発放射能問題などの研修を行っている。

 

ドイツの国際青少年社会奉仕会(IJGD)全体ではドイツ本国を含め世界30か国以上、年間5000人以上のボランティが活動しており、そのうちigjdベルリンがパートナシップを提携している国は、ジョルダンイスラエルパレスチナ、イタリア、韓国そして日本だそうだ。年数を重ねていくと大変な人数になり、平和の希求する若者が世界に広がっていくことをつながる。今年広島県には6名が派遣されている。

 

今年安芸の郷でボランティアをしているマークスさんは家庭の事情で今年3月に帰国したがその後6月に来日し、安芸の郷のボランティア活動を再開した。86日の広島市平和記念式典に参加したい強い思いを持って毎日ボランティア活動に励んで頂いている。

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この縁を作り出した小田実さん。「1982年の平和のためのヒロシマ行動」の若者広場で演説されている。

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321日ステージで演説する小田実さん。(1982年の平和のためのヒロシマ行動の報告書から)

 

報告書にはこの演説のほぼ全体が記載されている。最後のところを紹介。

 

「私たちはもっと基本的な立場にもどって、日本の憲法の前文に書いてあるような反戦と反抑圧。今までは間違っていた。新しい歴史をつくろうではないか。世界の歴史は、いままでは殺し殺されの連続であった。日本人もその一人であった。これは間違っていた。最後に私たちは、ヒロシマナガサキをもった。だから私たちは根本的に反省する。新しい世界をつくるために努力する。私たちはそれを誓ったはずです。この誓いをもう一度、原点にもどってここで確かめようではありませんか。」

 

その場で聞いていた私も若者のひとり。

 

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ヒロシマ行動で作成されたこのワッペン。(報告書より)このワッペンはシールになっていて張り付けられる。個人的にも気に入っていて、手持ちが数枚あったので乗り換えた3台に車に25年近く車の後ろのウインドウに張り付けていた。あればまだ張り付けていたいのだが・・・。

社会福祉法人 安芸の郷 理事長 遊川和良(7月5日記)

 

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