皇室典範の話をするなら憲法論を真剣に
――「男尊女卑」が日本という国の象徴で良いのか――

「国民の総意」を持ち出すなら国民投票を

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《国民の総意と国民投票》
皇族数確保のために皇室典範を改正する、という手順の中で、「国民の総意」が何度も顔を出します。たまには「立法府の総意」と言い換えています。憲法には規定されていないグループを衆参両院議長が音頭を取って組織し、そこで議論をしたのかしないのか分かりませんが、少なくとも形だけは作って、最後に衆参両院議長がまとめたものを「国民の総意」または「立法府の総意」だと言って内閣に渡し、内閣が法律案を作って国会に提出した、という順序のように見えます。
どちらにしろ、立法府、つまり国会が国会たる所以は選挙で選ばれた議員が国民の意見を代弁し、国民の「意思」が何であるのかを確定しそれを行政が実行していく上での根拠を与えることです。そのために議会を開くのですが、その司会役が議長です。
議会を開かずに、何人かの「お偉いさん」に声を掛けてゴチョゴチョ秘密裡の相談をして、それを自ら「立法府の総意」と呼んでいるのは、人を馬鹿にするのも好い加減にしろ、と言っても足りないくらいの思い上がりです。せめて議会を開いて、両院で満場一致の決定をしたのなら、それを「立法府の総意」と呼んでも許されるでしょう。あるいは誤差を許して「両院の4分の3以上の賛成」くらいまでは許しても良いかもしれません。
もう少し丁寧な議論をするのなら、「国民の総意」が問題になるような大きな問題、重い問題を国会で取り上げる場合、これは国民投票によって国民の意見を聞くべきではないかという問題意識を持つべきでしょう。そこまで国民に諮る必要があるのです。今回の皇室典範改正の問題は正にその範疇に入る大きな問題です。
《象徴と世襲制度は国民の総意による》
これはもちろん、天皇の地位そのものが第1条によって「日本国民の総意に基く」という規定があるからです。極端なことを言えば、天皇の地位についての変更を行えるのは「日本国民の総意に基づく」場合だけなのですから。
憲法では、第1条で天皇の定義を行い、第2条で皇位が世襲のものであることを決め、その決め方というのは、国会の議決した皇室典範に従うという内容になっています。皇室典範そのものは、第2条に出てきます。
第1条 天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。
第2条 皇位は、世襲のものであつて、国会の議決した皇室典範の定めるところにより、これを継承する。
第2条の読み方ですが、通常は「皇位は世襲のものであって」という塊を一つの文章として取り上げて、主語がないままに世襲であるということを言ってると解釈するか、それとも 第1条の主語である「主権の存する日本国民の総意」が第2条に流れてきて、その結果として「国民の総意が皇位の世襲制を決めている」という風に解釈するのだと思います。 この点についてはさらに議論ができるのですが、今回は、後者の解釈を採用して、第1条も第2条も「国民の総意」が主語であると読んでおきましょう。
今回の皇室典範問題の目的は皇族の確保らしいのですが、ここで憲法第2条が規定している「世襲制度」を止めてしまえば、その問題は解決します。現実的かどうか、世論はどう受け止めるのかといった点とは関係のない可能性の問題です。その議論は場を改めて続けることにして、世襲制度を前提に以下の議論を進めましょう。
さてその皇室典範は国会が決めるのですから、法律です。41条がその規定です。
第41条 国会は、国権の最高機関であつて、国の唯一の立法機関である。
《日本という国を象徴するのが「男尊女卑」で良いのか》
次に皇室典範の内容そのものを考えるのですが、ある意味、皇室典範の全ては第一条に凝縮されていると言っても過言ではありません。第一条を引用します。
第一條 皇位は、皇統に属する男系の男子が、これを継承する。
準備が整いましたので、以下、憲法の第一条と第2条、そして皇室典範の第一条の間に横たわる大きな矛盾を指摘します。その矛盾を解消すること、少なくとも改善することこそ皇室典範をいじる上での最大の目的でなくてはなりません。
ここで使われている「男系の男子」が問題です。この文章だけを抜き取って、何が排除されているのかを明記しておきましょう。
女子は排除されていますし、「女系」も排除されています。男女平等という概念そのものの否定ですし、それどころか「男尊女卑」と言っても足りないくらいの差別意識の表現です。
先ずこれは、憲法14条違反です。14条を引用します。
第14条 すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。
しかし、それに止まらないほどの意味があるのです。第1条を合わせて読んでみるとはっきりします。つまり、「日本という国の象徴」、「国民統合の象徴」という任に当たる人を選ぶ原則は、「男尊女卑」そのものだということになります。もっと縮めれば、日本という国が象徴するのは「男尊女卑」だということになるではありませんか。それを、こともあろうに、と言うよりはある意味当然の場なのですが、憲法で規定しているのです。そんな状態を許しておいて良いのでしょうか。
《皇室典範一条を変えれば良い》
しかも簡単な解決策があるのですから、それを採用しましょう。
せっかく皇室典範の改正をしようという機運がある訳ですから、皇室典範第一条の男尊女卑条項を撤廃して、長子が次の天皇になるという規定に変えれば良いだけの話です。職業選択の自由についての問題は残りますが、それについてはまた別の場で議論したいと思います。
最後に念のため一つだけ付け加えておきましょう。それは天皇も皇族も日本国民であるということです。簡単な説明も付けておきます。
大切なのは、憲法で保障される人権は全ての国民が国民として認められる上での「証明書」のようなものだという点です。人権なしの国民などあり得ないのです。そして、天皇皇后、皇族も全て国民です。これはこのブログの2025年10月18日号で取り上げました。元々は『数学書として憲法を読む――前広島市長の憲法・天皇論――』の中での証明です。こちらも参考になるはずです。[リンクを開くには、右クリックの後に左クリックをお願いします]
皆様にとって、今日という日が良き一日になりますよう。
[2026/07/12 人間イライザ]
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